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zoom RSS デジカメが、写真に新たな流れを作る

<<   作成日時 : 2007/05/23 00:39   >>

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そうだ、フィルムのカメラは「カメラ」でいいんだ。「銀塩カメラ」なんて呼ばずに、デジタルのカメラの方だけ「デジカメ」と呼べばいい。
プリントされた物も区別の必要があるときだけ「写真」と「デジタルプリント」でいい。
プリントされたものは全部「写真」だ。

末娘の卒園式の時……子供たち数名を並べて写真を撮ったら、撮った直後に、そのうちのひとりがこっちへ走って来て、私のカメラの後ろをのぞき込んだ。
「ごめんね、このカメラ、スグに見られるヤツじゃないんだ」
その子にとって、カメラで撮った写真は、スグに見ることができるものだったのだ。
5年前、既に、お母さんたちのカメラは半数以上がデジカメになっていた。

今の子供はもう、写真を現像に出して、出来上がるのを待って……という過程を知らない世代になってしまったのだろう。卒園式の時に走り寄ってきた子は「写真がスグには見られない」という意味が分からなかったのではないだろうか。

「写るんです」が写真の敷居を随分と下げたが、アレは出先でも気楽に買えて使えるけれど、キレイに写るものではなかった。露出が一定だから、スキー場では露出オーバーになってしまうし、日陰や室内はよく写らない。コンパクトカメラは、よくピンボケを作ってしまう。(向こう側の壁にピントが合ってしまう、というヤツね)

良い写真を撮るためには、まだ。ある程度の技術が必要だった。

それに引きかえ、デジカメは良く写る。
初めの頃は、感度をフィルムに換算するとISO50位のレベルだったのに加えて、モニターを見ながら撮る、あの、肘を体から離して構えるデジカメ独特の構え方によって、ブレばかりの写真ができたはず。
かく言う私も、ブレ写真を乱発してしまったことがある。
それも今は解決して、デジカメは、シャッターを押せば、とにかく間違いなく写る。

我々は、デジカメによって、ようやく「誰でもキレイな写真を撮ることができる」道具を持つことができたのだ。

デジカメによって写真人口はべらぼうに増えた。と思う。

デジカメを買った人の内、かなりの割合で「自分のカメラを初めて持った」という人がいるのではないだろうか。

結婚式の時の「カメラをお持ちの方はお集まりください!」の時には、客の半分が集まってるんじゃないだろうか、というくらいの黒山の人だかり状態になる。

数多のデジカメと、ケータイが新郎新婦の写真を撮る。
そして恐らくそのほとんどがプリントされない写真なのだろう。
写真は自分のケータイやパソコンにしまっておくだけの物にもなっている。

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