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zoom RSS 特別法要は撮影会?・・何のための法要なのかねぇ?

<<   作成日時 : 2008/05/18 00:09   >>

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5月15日、総本山・智積院で行なわれた智山青年会発足50周年記念特別法要「大曼荼羅供」は厳かにも煌びやかに厳修(ごんしゅう)されたが、気になったことをひとつ、業務連絡。

あのね、とにかくカメラが目立った。
庭儀という外の法要では「ピロリ〜ン」とか「カシャッ」というケータイで写真を撮る音が耳につき、目障り耳障り。
でもまあ、外はいいとして、金堂内の法要でも終始一貫カメラが邪魔だった。

ケータイやデジカメの普及の弊害がここにある。
誰でも写真を撮れるから、みんな写真を撮る。
例えば国立劇場の声明公演の開演前のステージを、何人もの人がケータイで撮っていた。
誰でも何時でも、何でも気軽に撮ることができるので、本当にみんなが気軽にケータイで撮る。

お客さんが撮る。
依頼されたカメラマンが3人で撮る。
青年会の関係者も撮る。
取材できた地元新聞、仏教系新聞社も何人もで撮る。
依頼されたビデオカメラが撮る。
何処かのテレビ局のらしいカメラも撮る。
青年会の関係者がビデオを撮る。

一体、どれだけの人がビデオや写真を撮っているのか?

まるで撮影会である。
「曼荼羅供」は、密教の教義にのっとった法要というよりも、宗教性は薄れてしまい、まるで単なるイベントのようであり、撮影会であるようだ。

例えば、いつも本山の行事を依頼されて撮っているカメラマン。
以前は一人だったが、この前の特別法要では女性の助手のようなのがついていて、一緒に撮っていた。
今回は、もうひとり若い男も付いてきて、3人で撮っている。

以前、あんまり目障りなので「何で同じアングルの写真を何枚も撮るのよ。一枚でいいんじゃないの?」と言ったら、露出を変えたりして撮る必要があるというもっともらしい答え。
でも、それはプロじゃないって。
惜しげもなくジャンジャン撮るのがプロではないのだよ。
法要の邪魔をせず、必要な物を必要なだけ撮る、それがプロ。

関係者に売る、あるいは配るものならネガフィルムでいいし、印刷にするとしても、下手にポジフィルムで撮るよりは、ネガで撮ってキチンと焼いた方がいい。今はスキャンも良くなってきた。
だから「露出」は理由にならない。第一、ストロボ一発で撮るような写真に、そんなシビア露出なんて関係ないだろう。

新聞のカメラマンも、使うのは小さく一枚なのにどうして何枚も何枚も撮るのだろう。
新聞の使い方を考えれば、3カット撮れば済むことなのに。

私なら、写真の使われ方を聞いて、それに必要な写真だけを撮る。
各自に配るのか? 記念誌のような物を作るのか? ただの記録なのか?
それによって写真に要求されるクオリティも違うし、アングルなど撮り方も違ってくる。
必要なもの、要求されるものを、それに相応しいアングルとクオリティで撮ることができるというのも、プロの技術。

今回は件の契約カメラマンも、助手らしいのも、みんなデジカメになっていたが、やっぱり無駄に撮ってる。
二人で同じ場所から撮ってたりする。
アタシなら、絶対にアングルが重なるような撮り方はしないね。
結婚式の写真を撮ってあげる時にもそうしている。

おまけに、女性のカメラマンは、ずっと正面の邪魔な所にいる。
ビデオを撮っていて退くように言わないで構わず撮っているビデオ屋もプロじゃないが、邪魔になってるのに気づかないのは言語道断だろう。回りを、後ろを見ろよ!

折角3人いるんだから、考えろよ、少しは・・てこと。
一人いれば充分仕事になったと思うね。
3人も来た時点でプロじゃないってことよ。

助手二人は黒ずくめでちゃんとしてたが、オヤジの方は相変わらず、チープな上着。
ビデオのスタッフは、ダークスーツできちんとしていた。
そういうところもキチンとするべきである。
それがプロというものだ。

ビデオも、業者に委託するなら、関係者は撮る必要はないだろう。
三脚を立ててカメラを殆ど固定して、だいぶ離れて撮っているが、その映像は後で見るのが退屈で辛い絵よ、それ。
それなら撮る必然性はないだろう。業者に任せた方がいいに決まってる。
頼む方も、どう撮って欲しいかを伝えて、頼んだらプロに任せればいい。
どうして自分でも拙い映像を撮ろうとするんだろう? 分からない。

ビデオの方は、逆にスタッフもカメラも少ない感じがした。
実につまらない撮り方しかしていない。もうちょっと、考えて撮って欲しい。
ただダラダラ撮っているだけだ。
結局、映画的演出など全く分からない人間がなんとなく「ビデオの撮り方」でやっているという感じ。
私が演出したいと思った。
もっとも、私が要求するような絵を撮れる人間もいないだろうなぁ・・

一応プロの連中も、まるでプロっぽくない素人のようだが、プロじゃない素人のカメラマンも困ったものだ。
どうしても自分で撮りたいという気持ちは抑えられないらしい。

そのカメラでその撮り方じゃあ、大した写真は撮れてないよ、と言いたいが、大した写真かそうでないかが分からないのが素人なので、とにかく何でもかんでも撮りたいわけね。それをデジカメが後押ししてる。始末に負えない状況。

法要はフラッシュの雨霰で、厳粛さの欠片もなく、どいつもこいつもプロじゃないカメラマンと、撮らなくてもイイ素人のフラッシュバチバチに、大曼荼羅供の重みは薄れてしまって、それを「どうしてこんな法要になっちゃったかな・・」と、なんだかイライラしながら見ていた私だった。
カメラマンが台無しにしちゃったなぁ・・

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