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政治の世界では、比喩的に宗教用語が使われる場合があり、その何れもが間違って使われる。 誰か注意してあげれば?「それ違ってます」って。 「だいいち政教分離だというなら使うな!」という点は、キチンとしておいた方が良いのではないだろうか? 「中道」なんてものそう。まったくいい加減に使ってもらっちゃぁ困る。 最近では「三位一体」。 確か小泉元首相が行政改革を行なう際に言ったのだったか・・? (1)国庫支出金を減らす。 (2)税源を地方に移譲する。 (3)地方交付税を見直す。 ・・・・・これをいっぺんにやって、地方分権をすすめる。 これぞ「三位一体の改革」ということだったか。 これじゃ「三つを合わせてひとつにするね」という位の意味しかない。 まったく無知をひけらかしているようだ。 マスコミも、馬鹿みたいにそのまま使わず。キチンと指摘してもらいたい。 「それはこういう意味の宗教語で、使い方が間違ってます。第一政教分離の前提において相応しくない」というような指摘があって然るべきだと思う。 こういうのは、法事の際の法話(自分で言うのは恥ずかしい・・)のネタになるのでありがたいが。 元々は、キリスト教からきた。 「父と子と聖霊の御名において・・・アーメン」という祈りの文句につきものの言葉だったように思うが、この、父、即ち神、子=神の子イエス・キリスト、それに聖霊。これが三位。 「天に坐す我らが父よ、の神」と「神の子であるキリスト」それと「聖霊」が、その尊さということでは等しいという意味なのだと思うのだが・・ キリスト教では概ね通る教義のようだけれど、反する派もある。 そもそも何でこの「三位一体」という漢字が訳語になったのか? ここが重要だと思うのだが、これがよく分からない。 読みも「さんみ」というより「さんい」あるいは音便で「さんに」の方が正しいと思うのだが・・ 三位一体の理論の展開も色々あるようで、どうもキリスト教の概念が今ひとつ理解できないので、理論の展開もわからない。 この「三位一体」を密教で言うなら・・という大胆な例えが、本日の智山伝法院・副院長の講義にあった。 父=バックボーンとしての普遍的理念、即ち曼荼羅の「仏部」。大日如来とその周辺の仏様。 子=具体的に実践するもの、即ち「蓮花部」。如来様の周辺の菩薩様。 聖霊=「金剛部」教え・功徳を広めるためのもの。兵隊の如くに沢山の仏・曼荼羅の周辺にある数多の仏・菩薩・明王。 ・・・なるほど。 実は未だに曼荼羅が理解できていない、情けない真言ボーズだったりするわけね、私。 一般の人に説明するには、ホントに理解できてないと、例えもできないわけだ。 曼荼羅のことを聞かれたらどうしようかと思ってる。 今、簡単に「仏部・蓮花部・金剛部」なんて言ったけれど、これだって実はよく判ってない。 金剛界・胎蔵界で違ってくるし・・・ ホントに難しい・・ |
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通りすがりといいつつ、たびたび書き込ませていただいております。 |
通りすがりX 2008/10/15 23:57 |
法身、報身、応身、と私らは習ったような・・これも説明しようとすると難しい。まだ理解しきれません。 |
三日ボーズ 2008/10/16 01:00 |
おっしゃるとおり「法身、報身、応身」で、「色身」は二身説の場合でした。誤用は困りものといいながら、私が間違ってしまいました。トホホ… |
通りすがりX 2008/10/17 00:21 |
いやいや大変お勉強されているようで、菩提寺のボーサンはやりにくい・・? |
三日ボーズ 2008/10/17 10:02 |
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