倫敦巴里

アクセスカウンタ

zoom RSS 「8ミリフィルムがまだあった」について

<<   作成日時 : 2009/10/19 08:42   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

8ミリフィルムがまだあった」について

思い出した・・・
8ミリフィルムに初めて「音」が入った時のこと。
ある写真屋さんで同時録音した8ミリを見せてもらった。
バケツか何かを叩く音が動きに合ってる!・・・ただ、それだけで感動モノだったのだ。
それまで、8ミリは「サイレント」だった。

8ミリフィルムのフレームの僅かな幅にテープレコーダーと同じ磁気コーティング(マグネコーティングと呼んだ)をして、そこに録音したのだ。

8ミリフィルムは、一齣一齣シャッターを切りながらの間欠走行だけれど、録音は連続でなければならない。
これは、実際の映画(オプチカル・トラック・・音の振幅を光学的に記録したもの)でも同様だけれど、間欠で送る部分と、連続の部分に「たるみ」を作って対応するという、何ともアナログなやり方だった。

それまでは、テープレコーダーを映写機とは別に回して音を出していた。
その映写機とテープレコーダーは、それぞれにスピードの狂いがあるから、それを同期させるのに大変な苦労をした。
ほとんど「手動」に近いものだった。

それを思うと、マグネコーティングというのは画期的だったのだ。

そのころ、カメラとオープンテープのレコーダーが別になっているモノクロビデオが学校などに導入されはじめ,音と画を同時に撮れるのは当たり前となり、また、テレビで見るのが当たり前の「ビデオの時代」になってゆく。

8ミリカメラに代わる物として、8ミリ幅のテープを使うビデオカメラとして、8ミリビデオが出た。
新しいビデオシステムに「8ミリ」という言葉を残さねばならないほど、当時の日本に「8ミリ」という名称は定着したものだった。

今、その8ミリビデオの名前も消えつつある。
しかし、8ミリフィルムそのものが残っていたことに感動している。

今も、ビデオを撮るときには、8ミリを撮っていた時の感覚が残っている。
一本3分20秒の中で撮らなければならないという制約の中で撮っていた。
撮り直しがきかない、間違って撮ってもそれはお金がかかる、そういう撮り方をしていた経験は、ビデオにも生かされていると思う。

少なくても、見ること見せることを考えた撮り方ができる、と自負している。
自分で見るのに、見たくない撮り方はしない、というような拘りは、ただ撮っている人とはチョットは違うんだもんね、と思っている。

8ミリ・・・
撮りたいなあ。

8ミリ・・・
やがては、フィルムの写真も同様になっちまうんだろうか・・

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「8ミリフィルムがまだあった」について 倫敦巴里/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる