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zoom RSS アラーキーとペンタックス67

<<   作成日時 : 2009/10/19 16:53   >>

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画像先日、NHK・BSで「写狂人の旅 アラーキーと歩く4日間」という番組を見た。
以前「知る楽」だったか、30分番組の再編集のようだけれど、こうしてまとめて見ると、改めて見えてくるものもある。

とにかくエネルギッシュ!

印象的だったのが、氏が、ペンタックス67と、ライカ(M6だろうか?)を使う姿である。
ライカでは、公園などで休日を楽しむ家族などをスナップする。
番組の中では、オートのコンパクトではなく、ずっとライカを使っていた。
(もしかしたら、NHKからの「要望」があったかも知れない。国産の特定できるカメラはまずい、と・・いや、ペンタックスがあれだけ写ってたんだから違うか・・いや、製造中止だからペンタックス67はいい?)

そのライカを、まさに「掌中にある」という使い方。ガシガシ使う。
日付を入れたお馴染みのスナップではなく、ある程度良い描写を求めても「ライカ」だったのかも知れない。

そして、ペンタックス67!

アラーキーは、ペンタックス67という、35mmカメラのお化けのような、でっかいカメラ(事実、お化けペンタックスという意味でバケペンとも呼ばれているらしい)を三脚に乗せて、スナップのような写真を撮っている。
一見、35mmカメラ的スナップのように見える写真も、6×7というブローニーフィルムで撮られている場合が多い。
氏のライフワークとも言える東京の街並みも、シッカリしたジッツォの三脚にペンタックス67を載せたまま、それを担いで移動しつつ写真を撮る。

しかしながら、普通の人(凡人凡才の人)が大判や中判のカメラを構えて撮る、破綻のないカッチリした構図でなく、ちょっと・・何がどうチョットなのか表現できないくらいに、天才アラーキーの撮る絵には、微妙に、不安定さがあるように感じる。
怪しさが隠れている。

35mmのスナップ的かというと、それとも違うような感覚。微妙な感覚の違いなのだ。

中判写真の緻密さはあるけれども、どこか不安定。
35mmスナップ的不安定さを持ちつつ、中判の緻密さがある・・こんな表現が合うだろうか?

人を撮るには35mmのコンパクトがあればいい。その方が「人」は撮れる。
しかし、街を撮るのは35mmではない、という感覚があったのだろう。
おそらく、臭いに似た直感なのだろう。

氏が、広告代理店・電通を辞めた時に買ったのが「ペンタックス67」で、これで色々なモノを撮ってゆく。
ペンタックス67による街の「スナップ」も、この頃から続いているものだ。
その頃から使い続けてきた体の一部。理屈でなく体の一部。
氏にとって、ペンタックス67で写真を撮ると言うことは、これはもう、当たり前の行為なのだろう。

荒木経惟氏は、70に近づいた今日もまだ、変わらずにペンタックス67を使う。

番組では、露出を計り、フィルムの詰め替えを行なう助手のような人影も写っていたけれど、齢70近くになってもまだそのスタイルを守っているということに驚く。

片や、人妻ヌードを精力的に撮る。
そこでもペンタックス67と645である。

645はモータードライブだけれど、ペンタックス67は手動でドンドン巻き上げる。それもブローニーの巻き上げは大変なのだが、氏はそれが当たり前というように、もの凄い勢いで巻き上げながら撮ってゆく。

荒木氏は、デジカメにはしないのだろうか?

6×7だと、長いフィルムでも20枚しか撮れない。
そのフィルム交換がチョットした呼吸の場なのかと思ったら、そうではなく、途切れるのを嫌うかのように、カメラを換えて続けて撮る。

その撮影振りは鬼気迫るモノがある。
齢70を前に、何とも言えぬ気迫である。

そのペンタックス67の使い方を見ていたら・・・私も欲しくなってしまうではないか・・・。
・・・まったくもって、影響されやすいのだ。

ペンタックス67は、風景を撮る人には、絶大なる信頼を受けているが、ポラロイドが撮れないので、プロの世界、特にスタジオ撮影ではあまり使われていない。
スタジオは、ハッセルかマミヤである。

ペンタックス67はアマチュア的という性格が濃いものだ。
アラーキーはペンタックス67の「そこ」を使っている。

新宿の風俗や風俗嬢などをスナップ的に撮っていたのも、プラウベルマキナという6×7のカメラだった。

本来なら三脚に載せてどっしり構えて撮る中判を、35mmのように振り回して撮る。
ここに氏の写真の本領がある。
マミヤ7で撮った写真もあったが、同じ6×7でも、手に持って撮るとやはりチョット違うようだ。

最近は、街をカラーで撮っているという。
そのタングステン・フィルムで撮ったような色合いも絶妙だ。
悔しいが、到底真似のできるものではない。

荒木経惟という写真家には、デジタルが合わないのかも知れない。
森山大道氏は、デジタルで撮ってもやっぱり「森山大道」だったけれど、荒木経惟はデジタルだと「アラーキー」にならないのかも知れない。
この辺も微妙である。

なぜデジタルにしないのか?
これまで培ってきた「撮り方」そのものが「アラーキー」だから、なのかも知れない。
撮り方も、フィルムの描写も、すべてが「アラーキー」なのだ。


でも、そのうち、デジタルの方が「艶めかしいエロスが写る」とかいって、突然デジタルで撮り出したりして・・・

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ペンタックス67ですか。
小生は、強くマミヤRB67を勧められ、半ば強制的に「使って診て下さい!」、と渡されて、地元の樽見鉄道や廃線に成ってしまった名鉄・揖斐線を撮りながら、全マニュアル機を悪戦苦闘しながら使いました。

感じるモノがあり、即日発注したのが、RB67Pro−SDです。
RZでなく、、、。

先日、長良川鉄道の秋景をC50レンズを使い、手持ちで、撮影しましたが、真に・写真を撮る!・を実感させてくれるカメラです。

ペンタの豊富なレンズ郡やストロボ等のアクセサリィの充実は羨ましいのですが、RBの魅力は不変です!。

では、スナップは、、、同じくマミヤの645AFDを持ち出します。
これ以上の機材は混乱を招くので、我慢をしています。
大神謙一
2009/10/19 19:03
ハッセルやマミヤ67は、音の割にショックが少ない感じですが、ペンタックス67は音もショックも凄くてビックリしますね。
それをガシガシ使ってるアラーキーをそれだけでも尊敬します。
その人にとって「このカメラでなければ駄目だ!」あるいは「この写真はこのカメラでなければ撮れない!」というものがあり、それを使いこなして撮る気持ちよさというものが有ろうかと思います。

全然使いこなしてないなぁ、自分・・・と思いますです。
三日ボーズ
2009/10/19 20:40

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