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zoom RSS やっぱり、ブロニー・フィルム!!

<<   作成日時 : 2010/12/10 00:00   >>

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ここのところ、青空の日が多く「晴れた日に街を撮る」というテーマの写真を沢山撮ることができる・・・のは良いのですが・・・撮れば撮るほどお金がかかるのです。

フィルムを使う限り仕方のないことですが、以前は「当たり前のこと」でした。
デジタルが出るまでは・・・。

デジタルはお金がかかりません。
フィルムを使うことに較べたら「皆無」に近いです。

当たり前だったことが、今やちょびっとジレンマになってしまったりするのは困ったものです。

それなのに、なぜフィルムを使い続けるのか?・・・意地?
いや、それもありますが、やはり、この迫力はデジタルでは出ないと思うのです。

だから、意地でも使うのです。
・・というより、フィルムでしか表現し得ないものだから、当然フィルムをつかう、ということですね。

デジタルで写真を楽しんでおられる方にも、フィルムの良さを分かっていただきたいものです。
フィルムをやめちゃった方・・・フィルムの良さを改めて感じることはないですか?

特に、このブロニーというフィルムの迫力は並々ならぬものがあります。
このフィルムを使って写真をやったら、きっと「デジタルなんて・・」と思いますよ。

今、夢中になっているのは、何度も書いてますが・・・
マミヤ7Uと、43mmというレンズを付けて、ベルビアという、色濃度の高い、コントラストの強いカラーポジフィルムで撮ることです。

変わりゆく街を撮っています。

現実を撮っているにもかかわらず、非現実的な描写になります。
これは、デジタルでは出ないでしょう。

それに、やっぱり、写真は物理的に残してこその写真だと思うのです。

デジタルは退変色もなく、永久と言ってもメディアが全然永久ではありません。
未だに極めて不安定なメディアしかありません。
それに較べれば、写真は極めて安定したものだといえないでしょうか。

そんなに長く残す必要もありません。私の一生のウチでいいものです。
私がいなくなったら、私の作品などゴミとなるでしょう。

だから、写真集にするのが良いと思っています。
小さい規模でいいから、写真集としてまとめることで、私が撮りたくて撮っていたものを、なぜ撮っていたのかという意志を、皆さんに見ていただけるでしょう。
写真集という残し方が、一番良いことだと思ったのです。

そう考えると・・・・

今までは、ただテキトウに撮っていましたが、これからは、併行していくつかのテーマを追いかけるという撮り方になりました。
写真に、ハッキリした目的・目標ができたのは嬉しいことです。

目標ができて、俄然撮ることに積極的になることができていますし、何より楽しい。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
デジタルの前にフィルムでしょうね。
更に、「写真はフィルムに始まり、フィルムに終わる」、です。

究極の記録媒体は・写真集・です、写真家の仕事の最後の仕上げです、、、
プロ、アマは関係無し!、そんな鼻くそみたいな小さい事では無く、目標はただ一つ!!、
故に良い写真が出来る、撮れる、、、。

写友に上手く写真が撮れない、難しい、と小言を聞かされてきたので、、、
まあ、余り放置も考えモノでしたので、ハッキリ前記の文言を言いました、
更に、「私は目的無く写真を撮る事はしない、写真集作成(長良川鉄道、樽見鉄道の)のために撮る、目的なければ写真は止める、他の趣味にする。」、と。

彼には個展も、開催の経験が無い為、、、いきなりは難しい(良いモノが出来ないという意味で、)と思うのですが、、、。

いずれにせよ個人の自由です、、、
・扉を開けたい、、、ならば先ずノックせよ!!・です、。
007
2010/12/10 05:23
無謀にも高校の時にグループ展、大学の文化祭で個展、社会人になって自転車の写真の個展をやって・・・個展にかかる労力とお金ならば写真集の方がいい、と感じておりました。自己満足的で「残るものがない」という感じでした。
人の写真集の編集・デザインを頼まれたことがあって「これだな」と思うこともありました。
ある写真が趣味の方が亡くなって、その作品が、家人にとっては「どうしたらよいものか」という物になってしまいました。
自転車の写真は、10年来「写真集を作る」というつもりで撮っておりましたが、だんだん気持の整理がついてまいりました。
三日ボーズ
2010/12/10 07:15
私は今モニターで記事の中の写真を見ています。
まず惹かれるのは空の青さですが、デジタルではその表現は、むりなのですか。

テーマとしては街の断片がいっ方にありその向かい側に青空の作品があると勝手に理解します。この世的な表現とあの世的な表現なのかなとも感じます。

見る側にとってはデシタルかアナログかというのは意識しません、その作品が自分にピッタリはまるかどうかです。
ところで、見る側の責任といいますか、鑑賞眼というものに関してはどう考えていますか。
エム
2010/12/10 07:25
仰るとおり、デジタルはどう、フィルムはどう・・というのは、これは撮る側の感覚でありまして、見る側からは、そんなものは関係ないことですね。
絵を描くように全てが創造であるのとは違って、写真は文字通り情景を「写す」ものです。何をどう写すか?ということが問題で、そこに「伝えたい」という気持ちと「表現したい」という意識が加わるということでしょうか。
カメラやフィルムは、画材にあたるでしょうか?
表現する方法として、カメラという機会と化学的なフィルムなどの物が関与する。その使い方が問題ということでしょう。
見る気持というのは、絵はその全創造性を見るというかんじなのでしょうか?
写真は、情景の切り取り方、目の付け所が、なにか訴えるものがあるか、それが見る人の感性に訴えるか?でしょうか?

私のデジタル・フィルム論は「見る人」の存在が欠如したものですね。
ただ単に、撮る者の論理でした。

どぎついカラーで街を撮るのと、モノクロで撮るのとは意識しています。
時間が経ってもどぎつい色が残るのが、現実なのか?
モノクロは今を撮っても過去になってしまうような・・・。
どちらが過去でどちらが今なのか?

街の断片は、ちょっと引いて客観的にというか、醒めて見ている感じ。
カラーで撮るのは、街の生命感を撮ってるような感じでしょうか?
三日ボーズ
2010/12/10 14:34
>カメラという機会

・・・「機械」ですね<(_ _)>
三日ボーズ
2010/12/10 14:35
この記事、というか、、、個人の意思ですから、それで良いと思います。
賛同しない人は二度と見ないと思います、、、
・撮りたいように撮れば良い、見たい写真(個展等)は見れば良い、欲しい写真(写真集等)は買えば良い・、、、

ですから小生は今まで、三日ボーズさんの・ブログ・にお邪魔してる訳ですから、大いに自由で正解です、
見る(観る、診る)側の論理は、、、機会あれば記事にして下さい、、、
面白い気がします。
007
2010/12/10 16:40
エムさんの仰る・・・
「見る側にとってはデシタルかアナログかというのは意識しません、その作品が自分にピッタリはまるかどうかです。」というのが「そのものズバリ!」正しいと思います。結局は、そういうこと、だと思います。
そのプロセス・道具はどうでもいいことで、最終的には「作品」ですね。
作り手としては、そのどうでも良い「道具」に拘り、考えている、ということでしょうね。
写真雑誌には、カメラやレンズなどの撮影データが「つきもの」で、ついそれを見て「このカメラとレンズで、このフィルムで」と「種明かし」を見るのが、写真の場合には当たり前のようになってしまってます。
これっていいことなのかな?・・と、エムさんのコメントを見て考えています。
三日ボーズ
2010/12/10 20:00
なんか、身もふたもないコメントしてしまったのかも…と思いちょっと
汗がでてしまいました。

撮る者の論理、こだわりに関して私としては、記事を読みながら、こおゆうこだわりから作品が現れてくるのかと感心していますし、奥の深さを伝えてもらっていると思っているので、その部分に関して異議があるわけではありません。


カメラの技術的な面に関してまったく不案内な私程度のレベルの見る側がデジタルとフィルムのちがいを、作品を見るという場面で認識できるのかという素朴な疑問がわいたので、見る側の訓練(そんなことは自分で勉強しろよということかもしれませんが)写真の読みかたについて、聞いてみたかったというのがコメントの臍です。

絵の創造性についてですが、カメラ・オヴュスキュラの利用や遠近法の開発など、自然をありのままに写したいという欲望のようなものはずっと持ち続けていたと思います。画像を定着させる技術が開発された時には、画家たちは、とまどったりしたのかなと想像します。
大正時代に美術家用資料として、写真を配布したところ、展覧会に写真をもとにした似たような絵が集まってしまったということがあったそうです。
エム
2010/12/11 10:04

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