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zoom RSS 写真展に打ちのめされる

<<   作成日時 : 2012/02/08 08:34   >>

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昨日、例によって、総本山・智積院・東京別院・真福寺での伝法院講座を受講。
その前に・・・ちょっと早めに宇都宮を出て、気になっている写真展を見ました。

「キヤノン プレミアム アーカイブス」というBSの番組に出ていらっしゃった古賀絵里子さんの写真展。

「キヤノン プレミアム アーカイブス」の前に『日本カメラ』の今号の「PHOTO & PEOPLE」というコーナーで紹介されているのをみていたので、テレビも「あ、あの人だ」という感じで見ました。

『日本カメラ』に出ていた数点の写真をみて、ものすごく気になってしまいました。
(写真は、その『日本カメラ』の誌面)

それは、浅草に住んでいたある老夫婦を6年間追い続けた作品。
おそらく高感度のネガフィルムで撮られたであろう、その写真が、老夫婦の生活を気負い無く、同じ視点で捉えられています。

老夫婦が亡くなるまで撮られたのだそうです。

これを見たら、たぶんフィルムの良さを再認識させてくれるに違いない、という思いもありました。

六切ほどの写真でした。
もうちょっと大きなサイズで見たかったと思いますが、思った通り、ネガの軟らかさと、高感度フィルムの粒子感が心地よいものでした。

特に、小物のアップが老夫婦の生活や人生そのものを感じさせ、お二人の表情や仕草がアップで優しく捉えられています。

そこには、カメラマンとして「撮る」という技術と思考と行為と、老夫婦との人としての関わりとの微妙なバランスが感じられます。
カメラマンとしてカメラを持つと、つい「写真を撮る」という客観性が強くなってしまうものですが、この古賀さんの写真には、共に生活しているという感じがします。

http://kogaeriko.com/01_asakusa/
http://information.kogaeriko.com/

これは、例えば森山大道さんの写真とは対局にあるように思えます。

森山大道さんの写真というのは、通りすがりのエトランゼ、のようなもので、あくまで旅をする森山さんが、通り過ぎる旅人の視点で切り取ったもの、という感じがします。

古賀さんの写真には、家族のようにコミュニケーションをとりながら、カメラマンとしての視点を働かせている、という感じがします。
おそらく、家の中だけで撮られたのでしょう。

・・・そして、高野山です。

2009年より高野山を撮り続けていらっしゃるというのは、テレビ番組の中でも紹介されていましたが、その一部が展示してありました。
「一山」というタイトルで撮られているそうです。

それは正方形のプリントでした。

「あれ?ハッセル?」と思って凝視していると、テレビで見た女性が声をかけてくださいました。

古賀絵里子さんでした。
とても線が細い感じで、雪降る高野山でハッセルを持って歩き回っているという力が感じられません。

テレビではデジタルを使ってましたので(キヤノンの番組ですから当たり前ですが)高野山も、デジタルで撮られていると思っていましたが・・・

「仕事はデジタルですが、作品はフィルムです」とのこと。
プリントもご自身でされるという。

ということは、ネガ撮りか・・・。

とてもキレイなプリントでした。
カラーで自家プリントというのは大変なことだろうと思いますが、素晴らしい作品になっていました。
最終的に、イメージを焼き付ける、という作り方にはネガが良いのでしょう。

高野山の写真は、一枚一枚を見ていると、高野山といわれても、高野山でないと言われても分からないような、一部分の切り取り・・・です。
しかし、並べて見ると、そこには確かに高野山が写っていると思います。

高野山には、魅力的なものが沢山あります。
色んなものがありすぎて・・・だいたい撮るモノが決まってしまいます。

その宗教性とか、霊的なものとか。

以前、写真集を購入した永坂嘉光さんも、高野山を長く撮られていますが、やはり、行事であるとか、四季の写真にしても状況を含めて紹介するような撮り方になっていますが、古賀さんの撮り方は、ほんの一部分を切り取るような撮り方です。

6×6の正方形の画面は、まさに「切り取る」という作業に向いているものだと思います。
6×7などでも、長方形の画面は、状況を説明するという感じが入ってしまいます。
正方形の緊張感が良い感じです。

男の視点と、女性の視点の違いとでもいうようなモノが、確かにあるように思えます。

女性がフィーリングで写真を撮る、という作品を見ると、男の理屈じゃ無い、というものを感じます。
写真の、撮影や現像・プリント、という技術を得て、思い通りの作品を作れる、ということができるようになった女性が、その感性を生かしたとき・・・古賀絵里子さんのように・・・

・・・「こりゃ、敵わん」ということになります。

心地良い敗北感、というのでしょうか?・・・この写真はオレには撮れない、ということですね。

降参!です。あっさり諦めました。

・・・で、デジタルにフラフラしていた自分の気持ちを「フィルムだ!」と、この写真展が決定づけてくださいました。

印刷用とか、研究対象の取材や、仕事の写真はデジタルで撮っても、やっぱり「フィルム!」で気合い入れないとだめ!

・・・という決心に向けて、背中を押された感じがします。

「一山」の完成に期待します!!






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コメント(2件)

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6×6判と大判の経験は未だ有りません、、、

興味はありますが、、、時間と金が、、、(苦笑)。

っていうか、、、通常のフィルム撮影もあまり出来てません(;一_一)。
007
2012/02/09 15:17
正方形画面を上手く使っている方は多いようです。
今回のCP+でも写真家の卵たちの展示もあったんですが、正方形、結構多かったですね。
今は、大判の意味はほとんどなくなっているような気がします。
私も、手を出したいのですが、なかなか・・・です。
三日ボーズ
2012/02/10 08:29

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