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zoom RSS 写真展、ふたつ。写真集、二冊。

<<   作成日時 : 2012/02/22 01:19   >>

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今月20日、写真家・古賀絵里子さんの写真展に、また行ってきました。最終日でした。

ギャラリーに入ると、また古賀さんが声をかけてくださって・・・

「前にいらっしゃった・・お坊さん・・?」と。
・・・覚えていただいて恐縮です。

おまけに、このブログの記事のこともご存じで、なんでもキヤノンの方から「こんなのがありましたよ」と教えていただいたとか。

・・・まずいな・・・キヤノンのこと良く書いてない・・・(^_^;)

それに、記事・・・ですが、なんか恥ずかしいこと書いてたんじゃなかったかと、見られまへんでぇ。

この前見に行った時に・・・
情けなくも、財布に現金を補充するのを忘れて「お金がない」という状態で買えなかった写真集を買うことと、もう一度、写真を拝見したかった、のです。

写真集『浅草善哉』には、もちろんサインをしていただきました。

やはり、良い写真を直に見る、ということは大切だと思います。
とても勉強になります。

伺えば、高野山の写真は、やはりネガで撮っていて「プリントするときにもうひとつ気持ちを込めることができる」というようなことをおっしゃってました。
カラーのプリントを自分で仕上げることは大変ですが、色調を自分で追い込める良さがあると思います。
古賀さんのようにそれができれば・・・ですが。

そのプリントは、本当によい感じでした。
高野山の切り取り方と、その仕上げの良さが相まって、その「被写体を撮った」というものでなく、そこから心に伝わってくるものがあるのです。
写真に捉えられたものが、その写真が、心の何かを掴んでくる感じがあります。

心象風景のようでもあると思います。

『浅草善哉』は、人だけを撮ったものです。

高野山を撮る「一山」では、これまで主に人以外のモノを撮って来たようですが、これからは「人」を撮るそうです。
『浅草善哉』や、それ以前の写真も、人を撮ってこられたので「私はやっぱり人なんだと思います」と仰ってました。
高野山に部屋を借りて、毎月一週間は住んでいるのだとか。

さて、どんな「人の写真」を撮られるんでしょう?

高野山の常楽会には去年行かれたそうです。

そうそう「高野山にはコンビニが無い」と言ったら「いや、あるんですよ。24時間じゃないですけど」と逆に教えられちゃいました。

夜しか、それも、金剛峯寺のまわりしか知りません。(^_^;)

・・・・・

その後、もうひとつの写真展をのぞきました。

原芳市さんという写真家の「光あるうちに」というもの。

原芳市さんは、かつて成人向け雑誌に、ストリッパーなど、風俗嬢を撮った作品を発表されていました。
成人誌ですが、編集者もその作品性を出すように、構成されていて・・・場末の風俗のルポのようなものでしたが・・・

6×6の正方形のフォーマットのカメラで撮った写真を、引き伸ばし機のネガキャリアで黒枠を作ってプリントした写真をそのまま誌面に掲載していました。
モノクロです。

主に場末の風俗を訪ねるような感じで、インテリ性を感じる文章が付けられていました。
ケバケバしい性欲を刺激するだけの写真の中で、そこだけ文学的な香りがしました。
場末の性風俗と、モノクロの写真と、その撮り方が、どうしようもない男のサガと、そこにすがるように生活する、あるいは、そこでしか生活できない女性の生き方が、深く心に迫ってくるものでした。

実は、以前、地元の求人誌で「街の断片」というテーマの連載をやってくれないか、と、求人誌の社長に頼まれた時に、この原芳市さんの写真を見て「これは良い」と思っていた時だったので、その連載のフォーマットをいただきました。
このブログでもその「街の断片」を採録しています。(文章は書き換えていますが)

この展覧会でも、大きく引き伸ばされたモノクロプリントが、とっても良かった。
モノクロプリントの質感と、写真の良さが相まって、とても良い雰囲気でした。

「心象風景」なんだと思います。

古賀絵里子さんの写真についても「心象風景」という言葉を使いましたが、原芳市さんの写真は、それがよく伝わってきます。
モノクロであることで、被写体の具体性が消えます。

「何を撮った」ではない・・・「何が伝わってくるか?」・・・という感じです。

私の「街の断片」は、完全に「物」を撮ってしまっています。
これは、そのタイトル通り、街にある物を写真と文章で切り取るということが主眼であるから、という理由もありますが、実は、この「心象風景」というものが撮れない、と思っていたから、というのが、一番の理由です。

どうしても、具体的に被写体を撮ってしまう・・・のです。

人に見せる写真・・・これが、人に魅せる写真、人を魅了する写真というものにならなければ、ただ「在る物を写しただけ」になってしまいます。

原芳市さんの写真には、一枚一枚の写真が心を掴んでくるのです。

・・・・心の中の具体的に捉えられないような何か?
・・・・それが何かがワカラナイながらも、それは確かに心にある感情。
・・・・いつか見た風景?
・・・・いや、それは、心の中にある、いつかの感情。
・・・・悲しみ? 苦しさ? 寂しさ?
・・・・分からないけれど、そのどれでものようであり、どれでもないような・・・

そんな、心の中と、一枚一枚の写真が繋がっている感じがする。
写真に心が引き込まれるようであり、写真に心が引き出されるようでもある。

そんな感じがあります。

成人誌で拝見した原さんの写真の影響を受けて、6×6のカメラ(ニューマミヤ6)を買って、モノクロを撮っていたことをお話して・・・・

「これを見て、またモノクロで撮る気持になりました」という気持をお伝えして・・・欲しかった写真集を買って、サインもいただきました。

古賀さんと、原さんの写真展を見て、とても幸せな気分です。

どちらもフィルムの写真でした。

私は、どちらも「心に伝わってくる写真」だと思いました。

古賀さんは、カメラを据えて、キッチリ被写体と向き合って、カラーで撮っていながら、被写体そのものではなく、そこに「心に伝わる何か」が、込められているのだと思います。
写っている物でなく、その写真を見ることで、その写真から心に伝わってくるものがある、というものだと思うのです。

原芳市さんの写真は、手持ちの不安定なアングルと、ボケもブレもあって、そのおそらく旅先で歩いて見つけた光景を撮ることに、ご自身の心の何かを表出させたのでしょうし、それが、見る人の心につながるものだと思って撮られているのではないか?と思ったりします。

お二人の写真展を見て「写真って面白い!」ということを改めて思っています。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
街の断片シリーズに私は人を感じます。
特定の人ではなくて人の気配というか、何かそういったものが伝わってきます。私の個人的なかんそうです。すみません。
エム
2012/02/24 06:45
また、少し、あの感じで撮ってみたいと思ってます。
三日ボーズ
2012/02/24 10:55

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