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zoom RSS 京都〜栂尾〜高山寺

<<   作成日時 : 2014/11/23 00:00   >>

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永六輔さん作詞の「女ひとり」にも歌われた「京都・栂尾・高山寺」。
紅葉は・・・イイ塩梅でございました。ちょっと遅かったかな?というくらい。
良い日射しに輝いておりまする。

歌にも歌われているように(こうざんじ)かと思っていたら、先日の「鳥獣戯画展」で(こうさんじ)であることが判明。
関西は、濁らないケースが多い?・・・でも(ちしゃくいん)を(ちじゃくいん)って言う人がいたなぁ・・・

ちなみに、Wiki先生は次のように仰っております。

寺名については、寺の公式サイトでは「こうさんじ」と読んでいるが、文化庁の「国指定文化財等データベース」を含め既存の多くの資料において「こうざんじ」と読まれ、世界遺産「古都京都の文化財」の登録時の名称もKozan-jiと表記されている(参照:ユネスコのサイト)。以上により、本項では両方の読みを併記する。

ついでにWiki先生は次のように御紹介されております。

高山寺(こうざんじ、こうさんじ)は、京都市右京区梅ヶ畑栂尾(とがのお)町にある寺院。栂尾は京都市街北西の山中に位置する。
高山寺は山号を栂尾山と称し、宗派は真言宗系の単立である。
創建は奈良時代と伝えるが、実質的な開基(創立者)は、鎌倉時代の明恵である。
もともとここにあった神護寺の子院が荒廃した跡に神護寺の文覚の弟子であった明恵が入り寺としたものである。
「鳥獣人物戯画」をはじめ、絵画、典籍、文書など、多くの文化財を伝える寺院として知られる。
境内が国の史跡に指定されており、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。


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落ち葉すらも美しい。静かな山間の寺です。なぜか中国人の6〜7人のグループがいて、うるさかった。
どこにでもいる中国人。耳につく中国語。まったくもってイヤです!不愉快。
なんで、高山寺に来ちゃったんだろ? 中国人にはワカランでしょ。

日本人でも、高雄から回ってきたらしい人が「さびしい」とか言っていました。

車の音がしなかったら、ほんと、明恵上人が瞑想していた頃を想像できる静かさだと思います。

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国宝・石水院からの眺め。
明恵上人が後鳥羽院より学問所として賜った建物で、明恵上人時代の唯一の遺構なんだそうな。

つまり、明恵上人がここにいらっしゃったわけで、しみじみ・・・でございます。

しかし、ここは明治22年に移されたもので、それまでは、奥の金堂の傍らにあったんだそうな。

ってことは、この開けた眺めではなかったってことですわな。

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もともとは、真言声明を研究するに当たって一番の参考になったのが故・金田一春彦博士の『四座講式の
研究』でした。
それを読んで、実際に高野山の常楽会に通いました。
その『四座講式』の著者が明恵上人だったということです。

それで、明恵上人についての書物を読むウチに、上人の生き方、思いを知るに到ったわけです。

上人は、お釈迦様への思いから、2度、インドへ渡航する計画をねりますが、断念。
その思いを『四座講式』に込めたんだろうと思うのです。

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明恵上人・・・(以下、またまた Wiki 先生より〜)

承安3年(1173年)1月8日、高倉上皇の武者所に伺候した平重国と紀伊国の有力者であった湯浅宗重四女の子として紀伊国有田郡石垣庄吉原村(現:和歌山県有田川町歓喜寺中越)で生まれた。幼名は薬師丸。
治承4年(1180年)9歳(数え年。以下同様)にして両親を失い、翌年、高雄山神護寺に文覚の弟子で叔父の上覚に師事(のち、文覚にも師事)、華厳五教章・倶舎頌を読んだ。
16歳で出家し、文治4年(1188年)東大寺で具足戒を受けた。法諱は成弁(のちに高弁に改名)。
仁和寺で真言密教を実尊や興然に、東大寺の尊勝院で華厳宗・倶舎宗の教学を景雅や聖詮に、悉曇を尊印に、禅を栄西に学び、将来を嘱望された。20歳前後の明恵は入門書の類を数多く筆写している。


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上人は、この山をお釈迦様の仏跡に見立てて、そのあちこちで瞑想をしていたと言われています。
求めるものは、自身の修行のみ。目指すはお釈迦様の悟り。その境地。

そのため、世情から離れ、自分の修行に没頭することばかりを考えていた、という感じ。
ひたすら「上求菩提(じょうぐぼだい)」の方。
お釈迦様と同じ時代に生まれなかったことを嘆き、お釈迦様へ近づこうとする・・・
それはひたすら修行することだったのだと思います。

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明恵上人御廟。ここに明恵上人がいらっしゃるのか・・・という、感動。

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明恵上人は、法然上人の40歳下。その時代の二人の思いを探ることによって、仏教のターニングポイントが明らかになってくるように思うのですが・・・その記事は、書きかけのままになってしまっています。
ちょっと、テーマが大きすぎでした。

高山寺に行って、その空間を感じて来て・・・近いうちに書ければいいな・・・と思います。

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この山は、人の手が入っていない感じがして・・・
おそらく、明恵上人が仏蹟に例えて瞑想されていた時と変わってないのだろうな・・・と思う。

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この仏足石も明恵上人当時の物でしょうか?

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金堂。

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金堂壁面に・・・一期一会の自然が描く絵画。

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駐車場向かいにあるお食事どころで、この川のせせらぎと紅葉を見ながら、遅い昼食を食べていたら、晴れ間がある空から、急なお天気雨。結構激しい、スコールみたいな感じ。

京都の一部では、このあと虹が見られたそうな・・・





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