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zoom RSS 隠そうとする社会(その4)

<<   作成日時 : 2015/08/05 20:57   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 4

例えば「価格.com」のカメラの「レビュー」などに「作例」と称して、自分の子供の運動会の徒競走などの写真をアップして、自分の子供も含めて、全部の子供の顔にボカシなどの細工を入れて載せている人がいますが・・・

なんだか、悲しい写真だなぁ・・・と思っています。

ブログ記事でも、子供の顔に細工をしているものを多く見かけますが・・・さて、何を怖れて(?)顔を見せないようにするのでしょうか?

子供の顔共々、自分が特定される、ということがあるか・・・と今、思いました。
匿名でブログなど書いていると、自分が特定されるのが、嫌なことかも知れませんね。

一度ネットに流れたら、何処にどう広まってゆき、何処でどう使われるやも知れない、という怖れはあるでしょうが・・・

何でも無い一般ピープルの写真を加工して侮辱するようなこともありますまい。
その写真が何でも無い写真であれば、勝手に広められ遊ばれることもありますまい。

・・・さて、どんなデメリットがあるでしょうか?

自分の子供の顔に加工をするということは、可哀想であるように思えてしまうのですよ。

それなら(ネットに)載せない方がイイ。
私なら、撮る段階から、ブログなどに使える写真を考えて撮ります。
一部を隠さなければならないような写真は撮りません。

また、自分なりに「これが撮りたいんだ!」と思って撮った写真の一部を加工するということはまったく考えられません。

ボカシなどの加工をしたら、それは写真ではない、と思います。
作品ではなくなる、と思います。

「顔を隠す」ということは、また、「顔を出せない」ということで、やっぱり「悪いことをした人」という印象を持ってしまいます。・・・古いのでしょうか?

運動会の写真など、顔が写っていなければ、写真として評価できません。
ピントの合い方などを見せるなら、違う被写体を出すべきで、顔を消すような写真を選ぶ、という時点で、そのカメラマンのセンスが「そんなものか」的見えてしまいます〜。

当ブログで、マメに智積院の写真を載せていますが、院生始め、全ての写真の中で顔が写っても載せています。
それは、別に悪いことをしているわけでなく、むしろ、とても辛い修行を頑張って勤めている姿は賞賛に値すると思うからです。
他のボーサンにしても、顔を消すことは、逆に失礼だと思っています。

また、作品として「良い写真である」という自信を持って発表している、ということでもあります。

愛情を持って被写体を見つめ、撮影し、写真家としての責任を持って発表しているのです。
特に、院生の皆様の努力を伝えたいと思って発表しているのですから・・・

この顔を隠したら、何の意味も無くなってしまい、発表する意味もありません。

・・・・

そういえば、その昔、学生の頃・・・

渋谷の交差点などに、一眼レフに望遠レンズを着けた、自分と同じくらいの歳の男が数名いて、写真を撮っているのをよく見かけました。
おそらく、写真学校の課題で「人の顔を(正面から)撮って来い」とかいう課題か何かなんだと思います。

一般人に対して臆せずカメラを向ける、という課題だと思っておりました。

カメラを持ったら怖い物知らずで向かってゆく・・・そんな写真の撮り方が確かにあって、それがカッコ良かった・・・という時代でもありました。
・・・私など、少なからずその影響を受けております。

そういう無鉄砲な時代を経て、個人の権利意識が高まって、近年「肖像権」の問題が浮上しておりました。

しかし・・・これを言ったら「スナップが撮れない」ということになってしまいます。

発表する可能性がある場合は、ちゃんと作品として成り立っているかも分からぬまま、撮影した人それぞれに、いちいち承諾書をとるんかい?・・・ということになってしまいます。

そんなことは無理!・・・でしょう。

スナップ写真の大家・木村伊兵衛師の写真のように、居合抜きのような写真や、田沼武能師のような子供の写真のように「スナップ写真」という魅力的な、小型カメラの存在意義でもあるような写真が、成り立たなくなってしまいます。

スナップ写真によって、人間の営みを捉えるということこそ、写真の魅力だと、私など思っています。

そして・・・今でも、スナップ写真は、カメラ雑誌へのアマチュアの投稿でも、多くの割合を持っています。
被写体に対して、いちいち発表の許可を取っていることはないでしょう。

おそらく、撮られた人にも喜んで貰えるような写真でなければ、入選することも無いでしょう。
それが「良い写真」なら、撮られたことに怒りをおぼえる人もいないでしょう。

・・・そういうものだと思います。

・・・さて・・・記事の最初に戻って・・・

私のツイートは、このような思考をした上で、瞬間的にでも、キチンと判断しているということです。
これだけの考察のバックボーンで以て判断しているのです。

ツイート如きに・・・と軽く思っている訳ではなく、すべて作品であり、主張であるものは、この思いから外れるものではありません。







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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
肖像権問題興味深く読みました。
私は人物中心の創作活動をしていますので、
撮影は35ミリフルサイズカメラで、被写体に撮影していることを
わからせることで、一定のコンセンサスをとっています。
発表する場合、あまり考えないで発表しています。撮影の視点は
悪意をこめた、人権を無視した内容でない限り問題にならないし、
今までそうしたことはありません。びくびくして撮影していると
良い写真は撮れません。
リアリスト
2015/08/06 11:38
以前、ストリートグーグルビューで亡くなった家族が元気に写っていて、奇跡の再会を果たしたという、感動のエピソードがありました。

三日ボーズさんがブログで掲載される写真にもリアリティーがあります。
クリエイティブでアート性が高い作品には、一歩踏み込んだ先に表現力があります。
そこに三日ボーズさんが訴えたいメッセージが伝わってきます。
肖像権侵害に触れないように、いつも絶妙な角度で撮影されていて問題になるとは思えません。

Twitterで炎上するほど話題になったのですから、写真のリアリズムやアート性の高さが物語っているのでしょう。
匿名をいいことに騒ぐ人は、少数のヒマなネット住民ですから、気にすることはないと思います。


ラストサマー
2015/08/07 12:12
リアリストさん・・・

実はこれを書いて、改めて読み直した横木安良夫さんの『SNAPSHOT 横木安良夫流スナップショット』からの引用が多いことに気がつきました。
我が意を得たり、と思って、いつの間にか、頭に入ってしまっていたようです。
三日ボーズ
2015/08/07 20:55
ラストサマーさん・・・
ま、気にしていることは無いのですが、さて、こいつに理解させることができるか?・・・と思って書いております。
炎上はしとらんですが、リツイートなど、結構な数となっております。
・・・しかし、このような指摘をするのは数名なので、大方は、面白がってくれているんだと思います。
三日ボーズ
2015/08/07 22:47

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