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zoom RSS 西本願寺で歴史と対面する・・・

<<   作成日時 : 2017/02/15 23:59   >>

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このドラマチックな写真に「他意」はござんせん〜。ただ、最近、彩雲の写真に凝ってるだけです。(^_-)

本山の勤行を覗いた後、朝食を摂り、午前中、時間があったので、浄土宗の総本山・知恩院に参拝させていただき、午後、西本願寺へ。

恵心僧都一千年御遠忌報恩天台宗比叡山延暦寺法要
源信和尚千回忌浄土真宗本願寺派龍谷山本願寺法要


・・・という、仰々しいタイトルが付けられていますが・・・
コレって、双方で呼び名が違うってことすか?
ひとつにできなかった・・・ってことスか??

・・・それはダメなんじゃないのォ〜〜?
お互い、「歩み寄れない」ものがある、ということ?
・・・がタイトルからにじみ出ちゃってるじゃあ〜りませんか(^_^;)

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法要については・・・・

以下、「毎日新聞ニュース」より。
(リンクを張ってもニュースは無くなってしますので、コピペさせていただきます)

天台宗総本山・延暦寺(大津市)と浄土真宗本願寺派本山・西本願寺(京都市下京区)は14日、延暦寺の僧で浄土教の祖とされる恵心僧都源信(えしんそうずげんしん)(942〜1017)の没後1000年合同法要を、西本願寺阿弥陀堂で営んだ。17日には浄土宗総本山・知恩院(同市東山区)でも営む。天台宗が呼びかけて実現、浄土真宗や浄土宗との合同法要は初めてという。

 約1000人が参列し、導師を務めた天台宗の森川宏映座主ら延暦寺の僧と本多隆朗執行長ら西本願寺の僧が、声明(しょうみょう)や念仏を唱和した。天台宗の僧は阿弥陀経を本願寺派の読み方に合わせる形で唱えた。本多執行長は終了後「排他主義が広がる世界に向け、宗派を超え平和を呼びかけたい」とあいさつした。

 延暦寺では浄土宗の宗祖・法然や浄土真宗の宗祖・親鸞が学んだ。恵心僧都は浄土に生まれ変わる方策を「往生要集」で説き、親鸞から浄土教の「七高僧」(7人の高僧)に選ばれた。
昨年5〜6月に浄土宗や西本願寺の僧が、没後1000年の法要を延暦寺で営んだ。【篠田直哉】
毎日新聞2017年2月14日 19時39分


無難な記事ですが・・・・
僧か、そうか・・・去年、比叡山に行ってたんだった。
でも、確か、その時は、比叡山で、恵心僧都に関連ある宗派が、比叡山に呼ばれて、それぞれに法要を営んだ、というものだった、と想像しています。
「合同法要」というのは、今回が初めて、といことでしょう。

排他主義が広がる世界に向け」・・・というところがちょっと引っかかります。
それは何故か・・・?↓↓↓

「MBSニュース」が面白いです。これは、ちょっとツッコンで書いていますね〜(^^)/

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「天台座主が西本願寺で初法要  対立の歴史こえ」

宗派の違いを超えた歴史的な法要です。比叡山延暦寺のトップである天台座主が、かつては対立した浄土真宗の西本願寺で初めて法要を営みました。

荘厳に響き渡る、お経の声。最前列で唱えるのは、御年91歳、比叡山延暦寺のトップ・森川宏映座主です。延暦寺のトップが西本願寺で法要を行うのは史上初めてです。

西本願寺は親鸞が開いた浄土真宗。延暦寺は最澄が開いた天台宗です。同じ仏教でも、2つの宗派には長い対立があり、室町時代には延暦寺が本願寺系の寺を焼き討ちしたことも。

「勢力が比叡山(延暦寺)とは違う形で広がったことを比叡山自体が不快に思ったのが、対立の大きな原動力だと思いますね」(本願寺史料研究所 大喜直彦上級研究員)

親鸞らは延暦寺で修業を積んだあと、念仏に専念することを何より重視する「専修念仏」を主張、延暦寺側の反発を招いたのでした。そうした過去を乗り越えて14日の法要。

 「色々な違いを持ったもの同士がいがみ合ったりするようなことが強調される世の中ですけども、そこを乗りこえて」(天台宗副執行 小鴨覚俊さん)

 「平成のこの時代にですね、まさに新たな時代の変わり目として受け止めて」(本願寺執行長 本多隆朗さん)

 森川宏映座主は17日、浄土宗の本山でも初めての法要を営みます。


・・・ま、「そういうこと」・・・です。

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ここ、撮影は禁止のはずですが・・・こういうのを見せられると、なんだかな・・・?・・・と思ってしまいます。
それも、スマホ、です。
こういう写真は、ちゃんとしたカメラマンが撮って、共有すればいい。
安易にスマホで撮っちゃだめだよね。

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天台宗のお座主様が登壇されるので、これは、比叡山から持ってきた密教法具一式。でも・・・

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「内陣」には入っていない、入れてもらえない?・・・のよね〜〜〜。これって・・・・・?!
密教修法は、内陣でないといけないのですが、ね。
仏様を内陣にお呼びして供養するという気持ちなので、この状態は、結構よろしくない、状態なわけです。
浄土真宗側の意向なのでしょうが、自分たちのやり方しか認められないのでしょう。
もとは、親鸞聖人の勤められたはずの、天台宗のやりかたなはずですが・・・

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法要は、恵心僧都・源信さんが作られたという『六道講式(二十五三昧式ともいう)』の法要と聞いて、これは是非とも拝聴しなければ、と思って行ったのですが・・・

残念ながら、『六道講式』は、「人道段」のみでした。
PAがあったので、良く聞けましたが。短すぎ、ですな〜。

法要は、内陣と我々がいる外陣との間(「中陣」と仮称)に、向かって左に天台宗、向かって右に浄土真宗のボーサンが、錦の袈裟を身につけて一列に並び、真ん中に、天台座主が登壇される、という形。

雅楽の調べに乗って、ボーサン入堂。

初めに唱えられたのは讃(さん)か?
その間に、供物が供えられる。

三宝に乗った供物は、我々がいる外陣は門徒(信徒)さんが運び中陣(仮称)を天台のボーサンが運び、内陣に待ってる浄土真宗のボーサンが受け取る。

天台の僧は内陣には入れない、ということか?・・・和解して無いじゃん、と穿って見てしまう〜。

天台の僧は紙製のマスクのようなもので口を覆っていた(我々もやる。仏様に供える物に息がかからないように、の意)が、浄土真宗の方は、内陣にいても、それは無い。・・・どっちかってぇ〜と「逆」だろ!・・・とか思う。
そういう文化が無いのか、内陣は既に聖域だからいいってことなのか?

・・・写真を確認したら、外陣の信者さんも「マスク」をしていた。
してない人もいたから、してないのは浄土真宗側の門徒さん?

讃の間に供物を供えるのは、伝供(でんぐ)というらしいけれど・・・

我が方では、この初めに唱える讃が「四智梵語」で、この間に「百味供(ひゃくみく)」を行なうことがあるので、「四智梵語」そのものを「奠供(てんぐ)」と読んでいる。
確か高野山は、同じく「奠供」と書いて「でんぐ」と呼んでいる。

続いて、厳かに「唄(ばい)」が引かれ、途中から重ねて「散華(さんげ)」の頭(とう)が声に唱えられ、式衆が続く。
比叡山の天台声明で唱えられる。

元々は、浄土真宗の元祖(ワタシは宗祖ではないと思っている)親鸞聖人も、その師・法然上人も比叡山で学ばれた。
さて、その両祖師がどんな声明を唱えられていたかはワカラナイけれど、天台声明も円仁さん以降、キチンと形成されていたと思われ、基本的に、天台声明を用いられたものと思う。

両祖師とも、お声が良かったという話もある。

それが、如何にして現代にいたったか・・・それはワカラナイが・・・
少なくとも、今の西本願寺の声明は天台・魚山の流れを汲んでいる。

真宗が東西に分かれた時、声明の阿闍梨さんがみんな「東」に行ったため、「西」では声明の伝承ができなくなって、魚山から阿闍梨さんを呼んで学んだ。
・・・と聞いた記憶があるのだけれど、どうも実際は、ちょっと違ったらしい、ということを最近知った。

初めは、魚山に学んだが、当然ながら、現在は違ってきている。

元は天台宗、元は魚山声明・・・であった浄土真宗の本山にて、天台声明が唱えられるということの意義は大きいと思う。

本願寺でこの音曲が唱えられるのは、実に1世紀ぶりである。・・・らしい。
失った曲、変わってしまった曲の「元」を、この会場(えじょう)で聴くことの意味は大きいと思う。

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浄土真宗の側の方(写真の、ほぼ中央の剃髪された方)が「三奉請」の頭句を唱えられる。
そこに雅楽が重なる。
これが、美しい。
頭の方の声も宜しい。また、「楽」とも良く合っていて、素晴らしいお唱えでした。
ココ、が「メイン」だったかな?・・・という感じです。

浄土真宗の方に伺うと、楽と合わせるのは聞いたことがない、と仰る。

また、通常は「散華頭」は2人立てるが、今回は1人で頭句を出されたという、「今回用」のやり方だということか。
これが、天台声明か?というような美しいお唱えで、聞き惚れました。

その後、浄土真宗の方で『仏説阿弥陀経』が読まれる。浄土真宗のお唱えが始まると、一緒にお唱えする人が多く、堂内に大きく響く。

そして、『六道講式』。
これを省略されたのが残念だけれど、まともにやったらかなりの時間がかかるので、省略もやむなし、ということでしょう。
また、講式は、こういう大法要では相応しくないのかも知れない。
横川の四季講堂のような所で、しんみり読まれるのが良いのかも知れない。

浄土真宗の門徒・信徒さんは、「一緒に唱える」ことが多いので、こういう「聴かせる」形は、相応しくないのかも知れない。

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あんまりみんなパチパチ撮ってるので、ワタシも撮ります。
これだけ「ハワイトバランス」をオートに。
ホントはこの色。
でも、ワタシは、フィルムで撮ったように、撮る方が好き。

ところで、「三奉請」の「頭」を唱えられていた方は、ひとり、「剃髪」されていました。
これが、逆に浄土真宗の皆さんのなかでは「浮いて」いる感じがしちゃったりする訳ですが・・・どういうことなんでしょ。
有髪でも、剃髪でもイイってことでしょうか?

ワタシは、この仰々しい法衣には、有髪は似合わない、と思う。
親鸞聖人がご覧になったら、さて、どう思われるか?
「非僧非俗」ではないのか?

仰々しい法衣で、「これでもか!」というような感じの立派な僧侶の「てい」といったものは、祖師の意思に反するのではないか?・・・と余計なことを思ったりした。

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比叡山に本願寺ご一行様をお迎えした時にはおそらく、浄土真宗の法式っでの法要だったと思う。
(見たわけじゃないので確かではない)。

もっとキチンと「お迎えする」という形にできなかったのか?・・・とも思うけれど、今回の法会は「合同」というところに意義・意味があったのだと思う。

これも、行って良かった、と思える法会でございました。

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