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zoom RSS syunie-ceremony・・・初体験

<<   作成日時 : 2017/03/08 09:18   >>

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京都に行く用事があり、得意の日帰りができなくはなかったのですが・・・
一日早く行って、かねてより気になっている東大寺の「おミス撮り」・・・ぢゃない・・・「お水取り」に行ってきたです。

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とにかく、初体験。
初めて見る「お松明」が登ってくるところ。
階段状の廊下から煙が上ってくると、間もなく廊下が明るくなって・・・

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「お松明ぅ〜〜〜!」でございます。

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実は、この日は雨。予報では20%だったですが、バッチリの雨。
それでも、この人、です。

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5時半過ぎに奈良に着いて、この前に至って、1時間強、待っておったですよ。
6時半になると、奈良警察の「スリに注意」とか、お水取りの解説を日本語、英語、中国語でやってくれたりするので、まあまあ、退屈はせんですが・・・

その間、側にいるオバサマ4人組が、ず〜〜とお菓子食べながら、大声でくっちゃべっておられまして、いやいや、これを「宗教行事だ」と思っている人は、外にはおらんのじゃないか?!・・・という感じデスわな〜。

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お水取りとは・・・(東大寺HPより)

二月堂縁起に、 「実忠和尚二七ヶ日夜の行法の間、来臨影向の諸神一万三千七百余座、その名をしるして神名帳を定(さだめ)しに、若狭国(わかさのくに)に遠敷(おにう)明神と云う神います。遠敷河を領して魚を取りて遅参す。神、是をなげきいたみて、其をこたりに、道場のほとりに香水を出して奉るべきよしを、懇(ねんごろに)に和尚にしめし給ひしかば、黒白二の鵜(う)、にはかに岩の中より飛出(とびいで)て、かたはらの樹にゐる。その二の跡より、いみじくたぐひなき甘泉わき出(いで)たり。石をたたみて閼伽井とす」とあり、魚を採っていて二月堂への参集に遅れた若狭の国の遠敷明神が二月堂のほとりに清水を涌き出ださせ観音さまに奉ったという、「お水取り」の由来を伝えている。

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「お水取り」というのは、この行中の12日、後夜の五体の行の途中で、その行を中断してはじまるんだそうな。
(以下、東大寺HPより)

13日の午前1時過ぎ、南出仕口を出ると咒師童子が抱える咒師松明が行列を先導し、篝火(かがりび)と奏楽の中、堂童子、御幣を捧げ持つ警護役の講社の人たちや、汲んだ水を入れる閼伽桶を運ぶ庄駈士(しょうのくし)も同道して、「お水取り」の行列はしずしずと石段を下り、途中興成神社で祈りを捧げ、閼伽井屋(若狭井)に至る。
「お水取り」の井戸は閼伽井屋という建物の中にあり、当役の者以外は誰も入ることもうかがうことも出来ない。行列が閼伽井屋に到着すると咒師、堂童子等が中に入り水を汲む。これが二荷ずつ、閼伽井屋と二月堂の間を三往復して、お香水が内陣に納められる。「お水取り」が終わると閼伽井屋に下っていた練行衆等は再び行列を組んで二月堂へ戻り、中断していた後夜の「時」が再開される。


これが「お水取り」。

「お水取り」が法要の名前ではなく、正しくは「修二会(しゅにえ)」という。

しかし、この修二会というのも、いわばニックネームであって、法会としての正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」と言う。
「十一面」というのは、二月堂の本尊である十一面観世音菩薩さま。

「悔過」というのは、われわれが日常に犯しているさまざまな「過ち」を、の宝前で、懺悔(さんげ)するという意味。

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(またまた東大寺HPより)

12日の「お水取り」で内陣に運ばれたお香水は、大きな桶の中でしずめられた後、13日の神名帳、大導師の祈りの間に晒の布を用いて濾され、内陣須弥壇下の石敷きに埋め込まれた甕(かめ)の中に納められる。
その内一つは「根本香水」を納める甕で、「お水取り」で汲まれた水を毎年追い足ししてたくわえているものをいう。行中にこの根本香水を使用して減った分を補充するので、「お水取り」の歴史の分だけのお香水が渾然一体となったものといえる。

史料には「根本香水之事」として、「この香水はこれ天平勝宝年中、実忠和尚兜率の内院の八功徳水を以って此宝瓶に入、此堂中に納」と記されている。


・・・このあたりに、この法会の、有無を言わせぬ強さがあると思う。

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「修二会」というのは、もとは旧暦の2月1日から行われていたので「二月に修する法会」という意味で「修二会」と呼ばれるようになったもの。
正月にやるのは「修正会(しゅしょうえ)」。
「二月堂」の名もこのことに由来しているもの。

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日本の数ある仏教行事の中で、開闢以来絶え間なく続いているものは、おそらく、このお水取りだけでしょ。
我が方の「後七日御修法」だって、明治に一度絶えている。
お水取りは、戦乱の世でも、大戦中の灯火管制中でも、松明抜きで修させたという。
そういう「強さ・重さ」がある。

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ここ十年来、声明の研究のようなことをやって、ずっと気になっていたもの。
いずれ聴聞を・・・と思いつつ、なかなか行けないでいた。
もしかしたら、いつまでも「憧れ」ままでいたほうが良いのかも知れない・・・という感じもあるかも知れない。
一度、のめり込んだら、自分の求めるものは「ココ」にある、と思ってしまい、のめり込むに違いないから。

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目的とするものは声明だけれど、この法会そのものに対する憧れが強い。
仏教徒たるもの、この法会の存在を強く感じずにはおれんわけですよ。
日本に於ける仏教の原点であるし、我が真言に繋がるものは間違いなくある。
特に、平安後期以降の仏教が忘れてしまったものがココにあるですよ。

「神仏習合」もココにある。

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そういえば、南都には、いわゆる「火祭り」というものが多い。
我が新義真言の兄弟、豊山派の本山・長谷寺でも、2月14日の「だだおし」という法会では、松明を振り回す同様の火祭り。
神事でも、火祭りが多い。
この辺は、神仏関係なく、日本人の心なんだと思う。

長谷寺の「だだおし」も「修二会」であります。
長谷寺では1月7日から七日間「修正会」をやり、2月8日から7日間の法要が「修二会」で、その締めくくりとして2月14日に「だだおし」がある。
これは、いわゆる「追儺会(ついなえ)」というもので、「鬼追い」という儀式でもある。
もともとは、「旧正月14日」という位置づけだった。
本来「だだおし」は、午後6時頃から行なわれていたのが、動画など見ると明るいウチに行なわれているよう。
これは「文化財の保護・防火や遠方の参詣者の利便」等への配慮らしく、近年は午後3時頃から行なわれているらしい。

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今回は、滋賀で行なわれる叡山学院の声明公演が目的だったので、写真は「ついで」。
お手軽にフジを持ち出し、55-200mmを使いました。
独特の描写が合うかどうか?でしたが・・・やっぱり、ニコンで撮ってみないとワカランですな〜。
来年、もう一回ニコンで撮ってみよ。

ワタシの後ろから、キヤノンの「ヒトケタ」の連写音が聞こえてきます。
すげ〜速さで、連写・連写・・・が羨ましい。
コッチは、直ぐ止まるのでRAWには出来ず、それでも、連写の限界が気になったり・・・です。

ほとんど真下、という場所だったので、ほとんど見上げて構えっぱなし。
腕が保たん。
デカイ機材はキビシイ・・・ということも分かって、まあまあデータもとれましたから、来年こそは!

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終わって、二月堂に参拝。見下ろせば沢山の人。
二月堂の感じも分かりました。
これで、お水取りに入り浸っている「法会の女人」さんの説明も理解できそうです。
来年は、いよいよ中に入るか、と。

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大仏殿越しの奈良の夜景。
いいね〜〜。




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