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zoom RSS 【がらくたパラダイス】・・・キヤノンWsb

<<   作成日時 : 2017/11/11 20:26   >>

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キヤノンWsb。これも、動かなくなっていた。
低速シャッターのガバナーの「ジーーーー」という音を聞きたかったのだけれど、残念。

「CANON CAMERA MUSEUM」というHPには、次のようにある。

1952年(昭和27年)12月
85,000円(50mm F1.5付き)、74,000円(50mm F1.8付き)
この形式の機種としては、世界で最初にスピードライト(別称ストロボ)に同調するX接点を装着した機種。機能精度、仕上げ程度も最良で日本のカメラ史上に残る名機とうたわれた。
IV S型の発展型後継機種として位置付けられた高級機でフラッシュシンクロは、FPとXの2接点方式となった。
IV型に始まるキヤノンの高級35mmカメラは、IV Sb型、IV Sb改型で頂点に達し、キヤノンカメラ(株)の黄金期を迎え、これらは、その前年に登場してきたニコンS型と共に日本のカメラ工業力を世に問う垂涎の最高級機であった。


父がこのカメラが欲しくて、カタログを眺めていたら、祖父が「援助するから買えば良い」と言ってくれて、買ったんだそうな。

最高級機」・・・だったのだ。

当時、これで「ついに国産カメラがライカに追いついた」という評判になったのだとか。

しかし、その翌年に、傑作!「ライカM3」が発売され・・・
残念ながら、追いついたと思ったのが、また引き離されてしまった、という感じだったとか。
その時、キヤノンは「ライカM3の対抗機種はこれから研究する。まだ当分は従来機種の改良を続ける。」とコメント。
そして、1954年(昭和29年)3月、「IVSb改」を発売したのでありました。

ちなみに、「ニコンS」が発売されたのは、1951年1月。

どのメーカーも、「ライカに追いつけ、追い越せ」の目標を持って突き進んでいたころ。
戦後、10年ほどで、この域にまで達するというのが、スゴいと思う。

ワタシは、やはり父の「オリンパス ペンS」というカメラを、小学校の修学旅行に持って行ってから、写真好きになったのであります。

その後、このキヤノンWsbを借りて、・・・というか、ほとんど「貰って」中学一年から3年の修学旅行まで使っておりました。

オリンパス ペンSも、キヤノンWsbも、露出はマニュアル。
晴れたら、「1/125、f11」曇ったら「f8」とか、「カン」で撮っておりました。

カメラのほぼスタート位置が、レンジファインダーだったので、これは、ワタシにとっては「懐かしい」機種。

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キヤノンWsbの頃、メーカーも目標とし、また、マチュアの垂涎の的だったライカを、父は手に入れることができた。

父にとっての「ライカ」という物も、特別な物だったのだろう。

「ライカを持つ」ということの嬉しさ、というものは、格別なものだったのだろう。

それにしても、なんとも美しい「機械」であることよ。





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