「お寺のこれから」・・・について考える

画像

智山総合研修会における、彼岸寺の松本紹圭氏の話は・・・

色々と厚労省などの統計を出して述べているようですが、私は録音だけして違う分科会に出ており、レジュメには書かれていない内容だったので、ちょっと詳しいことがワカリマセンが・・・
何らかの人口統計を出していたようです。

そして・・・

人口増加に伴って増えてきたお寺というのは減らざるを得ない。

年代別の金融資産という面から見ると、60歳以上のところに集中している。これを見て「お寺はお年寄りばかり相手にしてゆく」という話ではないが、それぞれの年齢に合わせた布教法というものを用意しながらも、お寺の運営を財的な部分で支えるのは、高齢者世代にならざるを得ない。

ひとり暮らしが増えているけれども、あなたにとって大切なものはなんですか?という質問には「家族」と答える人が増えている。
構成人数は少なくなっているけれども、バラバラになりながら、みんなが「家族なんていならい」と思っているかというとそうでもなくて、得られないものだから欲しい、という面もあるのかも知れないが、家族が重要、となっている。


・・・ということろまできて、どんどんテーマからズレてしまっているのと、話の内容が無いよう(^^)・・・なので、これをもとに記事を書くことも馬鹿馬鹿しくなってきました。

やっぱり、自分なりに書くことにします。

もっとも・・・

教化センターが設定したテーマも、良く分かんないもので、テーマから逸れるといっても、どっちにしてもそんなに重要なことでもありませんが・・・(-_-)

「彼」の言ってることが、何ともピントがズレた事ばかりで、何を言いたいのか分かりません。
「分かった」と思っているのは「当人だけ」なんでしょうね。きっと。

まず人口増加に伴って増えてきたお寺というのは減らざるを得ない。

・・・というのは、間違いでしょう。
人口増加に伴って増えてきたお寺という統計を出していただきたいものです。

どういう数字を元に言っているのかワカリマセンが「人口増加に伴って増えたお寺」というのは、基本的にほとんど無い、と思います。

例えば、大きな寺が別院をつくるとか、墓地造成に併せて寺を作るとか・・・そういうことはあっても、人口が増えるのに伴って寺が増えた、ということは、言うほど無いでしょう。
寺の周りの人口が増えた、ということはありますが。

逆に、人口減少に伴って減っている、ということはあり「休眠寺院」というのが、また違った意味で大きな問題にもなっています。

ウチの場合で言うと、周囲の人口増加に伴って「檀家さんが増えている」ということです。
回りの寺を見回しても、大方がそうだと思います。

ウチは、宇都宮の東部地区の、鬼怒川を渡る手前の田園地帯。「市街化調整区域」ですので原則として家が増えません。
ただし、この市街化調整区域と線引きされている所までは、どんどん開発が進んで、住宅が増えています。

宇都宮の旧市街地と、当地の間には、早くから住宅地ができて、私は、その住宅地の幼稚園に通いましたが・・その幼稚園は随分前に無くなり、現在すでに、この住宅地は高齢化して、この辺りの人たちに葬儀ができて、新しくその周囲の寺の檀家さんになる、ということになっています。

都市部の寺の問題としては、特に、東京やその周辺の人口増加の問題。
これは、主に戦後の移動によるもので、これは、以前「新しく家を作ったひとたち」ということで、以前考えました。

寺の周囲に人口は増えているけれど、それは何十年も寺とは関係無かった人たちです。
そんな人が沢山いて・・・人はいるけれど、寺とはカンケーナイひとが一杯いるという環境ですね。
周辺のみんなが寺とは無縁という、気持ちの過疎、宗教的過疎、とでもいうような状況ですね。
加えて、もともといらっしゃった檀家さんが、バブル以降、特に、土地を離れていってしまうというような問題。
この都市部の問題は、大きい問題でしょう。
寺の境内墓地のあちこちに「連絡ください」の札が架かっている所が沢山あったりします。

宇都宮市の中心地も、昔からのお店などが廃業したり、住まいも開発されたりして、中心地に住む人が減っています。
中心地の寺の檀家さんは、周辺、あるいは他所に散ってしまっているのです。
なので、お盆の棚行が大変、ということにもなってしまいます。
都市部の過疎化、ということですね。
これも、宇都宮市の場合、結構顕著になっていると思います。

そして、田舎の、文字通りの過疎化に直面しているお寺の問題です。
昔も今も、住職が勤めをしながら寺を維持している、という状態の寺も数多くあります。

寺の抱える問題というのは、一様ではありません。

前にも書きましたが、ウチの場合は、松本紹圭氏が言う「経営」という観点では、とても恵まれているのだと思います。

昔からの檀家さんは、それこそ、江戸時代の寺請制度から続いているといっても過言ではない、関係です。
殆どが農家ですので、基本的に土地があり、家がある。そして、墓地がある。
昔からの日本の家の形が、今も、残っています。
ウチの寺では、この昔からの檀家さんから「護寺費」というものをいただいています。

この檀家さんには、基本的に、ほとんど増減はないといえるのではないでようか?

そりゃあ、農家だって「家」の感覚は変わってしまい、農業の形も変わってしまうということも考えられますし「家が続かない」ということもあるかも知れませんが、そういうベースの上に、新しい檀家さんが増えている、ということですね。

経営的に考えれば(^^)・・・例えば・・・

お店なら「このお店しか使わない」という決まったお客さん(経営基盤となるお客さん)がいる上に、新規のお客さんが増えているということでしょうか?

こういう寺が多いものと思います。

松本紹圭氏がいうような、経営的観点で分析してとか、マーケティングで・・・とかいうのは、いわゆる「祈願寺」などには当てはまるかも知れません。
四国のお遍路さん相手の寺などにも、当てはまるかも知れませんが・・・

彼の今回の話では、厚労省のデータなどを使って「分析」していますが、これが甘い、と私が思うのは・・・
そもそも「ウチのお寺の環境、ウチのお寺の持っているものをしっかり見据えた上で、ウチのお寺でできることはなんだろうか?ということを考える事が大事だと思う。・・・などと言いながら、厚労省の全国統計で語るということは、軽ぁ~るく矛盾しております。

そんな全国的な人口統計などのデータ(=平均)で、何が分かるというのでしょう?!
それぞれの寺が持っているものを大事にする・・・って事と、真逆なことを言ってるんじゃね~でしょうか?

寺には、まず、真言・天台では、祈願寺というものがあります。
大きくは、成田山や川崎大師、高尾山、高幡不動、大須観音・・・と智山派の「大本山」が並びます。
地方にも、祈願寺は沢山あります。
宇都宮でも、多氣山などあり、色々積極的に行事を行なっています。
檀家さんもありますが、多くは「信者」さんです。

これらの寺では、まさに「ヒトビトの求めるものと、寺が提供するもの」という関係の重要性を良く分かっていて、古より、努力を積み重ね、その方法論も確立されているといっても過言では無いでしょう。

松本紹圭氏如きに言われなくても、大昔から積み重ねがあります。
これらの大寺院は、みな同じ宗派だし、知り合いも多く、このへんの事は、私も、良く分かっております。

「彼」は、これらの寺のやり方を知らんのでしょうね。
「統計」などという客観的資料を客観視するだけで分かったようなことを言っておらず、自分の足で歩いて考えなければダメですね。

でも、何も分かっていないうちに、評価されてしまったような感じになってしまった、というのが「彼」の不幸かも知れません。

・・・・・

とにかく問題なのは、田舎の過疎地のお寺です。

先に述べたように、住職が役場などに勤めながら(葬儀などで休みが取りやすい)土日に法事など、休み無く、大変な努力をして、寺を維持しているケースがあります。

このようなお寺をどうして行くか?ということは、宗派を上げて考えるべき問題でしょう。
この点は、松本紹圭氏がいう「大切なものを預かっている寺を無くすわけにはゆかない」という意見通りです。
しかし、その方法論は「そんなに甘い事じゃない!」と言わせていただきたい。


そもそも、宗派の上にいる「人たち」の場合は、恵まれた寺の人が多いものと思います。
でなければ、例えば教化センターの活動などできないでしょう。
おまけに、寺の格のようなもの、血筋の良い人たちが多かったりして、考えが甘い!という感じがしちゃいますね。

だから、僧階の単位制などという、馬鹿げた施策を考えたりするのだと思います。

そういう連中にはワカランような重大な問題は多々あるわけですね。


・・・続く・・・









ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 8

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

とっとっとも
2014年06月17日 11:13
私も地方のお寺ですが、周囲のお寺さんは殆どが兼務寺ですね
数年前に教化センター長が「寺院の活性化」などの講習会がありましたが、
「兼務寺にできるわけないじゃん・・・」と、ぼやいていました
専業の住職さんも同意見です
地方と宗派の上にいる「人たち」の見解には、かなりの隔たりがあるように思います。
私も単位制には反対です
三日ボーズ
2014年06月17日 22:09
そもそも、お寺の活性化、という言葉のいい加減に発しているように思えます。
活性化、って必要なんでしょうか?・・・ということも、書く予定。

この記事へのトラックバック