今 考える未来の仏教~次代を担う立場から~(その4)

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また、コメンテーター氏の一言から・・・
先見性のある問題提起に対し、宗派や各寺院は適切に対応していないのが実態です。「何故我々は変われないのか」という命題が、伝統仏教界の前に厳然と横たわっています。

結論から言えば、変わらなくて何が悪い!?・・・です。

変わらないことの強み。変わらないことの意義」というものが、厳然として在る!!のであります。

敢えて言います。・・・我々は、変わってはイケナイのです。

勿論、氏が言うのは、社会情勢に対して「変えるべきことをしていない」という指摘であるということはわかりますが、これは、企業の経営とは違うのです。
ヘラヘラと時流に乗ってはイカン!ということも言えるのであります。

当地の同宗派の寺では「ハシリ」の方だと思いますが、寺でライブをやったことがありました。

でも、やっぱり「これは違うな・・」と思ってヤメてしまいました。
みな、外でやるのが前提のライブでしたが、もし「本堂で」となったら、やらなかったと思います。
そういうことに本堂の中を使うことには抵抗があります。

そして、もうひとつ重要なことですが、寺でやらなくてもいいモノは、寺でやる必要は無い・・・ということです。

「お寺ライブ」なんてのは・・・「お寺でライブをやっちゃなんて面白いでしょ~?」って・・・それだけでしょ?
やる方としても「奇をてらってるだけ」・・・という範疇だと思います。

ライブは、それぞれ、専門の場所に行けばいいことだと思います。
寺でやらなくてもいい!

寺でしかできないことをやればいい。

・・・そう、法事ですよ。恒例行事の法要ですよ。そして、今は寺ではないですが、通夜・葬儀ですよ。

当たり前のことですが、ここが大事。
余計なことは考えないで、これをやっていればいいのです。

お寺に人を呼びたい・・・?

そんな必要ってあります?

お寺は、亡くなった人の供養をするところ。ご先祖様を供養し、守ってくれる所・・・。

それで良いんじゃないでしょうか?

人生のここ一番の時にお世話になるところ・・・という意味で、それに特化した場所としては、近寄りがたい方がイイということも考えられると思うのです。
聖なる場所、ということですね。

私は、檀家のみなさんにとっても、その方が良いのではないか?・・・と思う時があります。

お寺には山号があります。
元々山にあったからです。
山は、霊が集まる聖なる場所でした。
霊場です。
そこに寺ができた。
霊を扱う神聖なる場所・・・「異界」でさえあったのです。

勿論、高野山や比叡山や恐山とは違って、野に降りた寺ですから、浄土真宗と同じようなモノかも知れません。
でも、やっぱり、真言宗としては、本堂は聖域であって欲しいと思います。

寺は、故人や先祖の供養をするという、とっても大切なこと、寺でしかできないことをこそ、キッチリやる。
この当たり前のことをキチンとできるということ。
これこそが大切であって、これができていれば、余計なことは要らないと言っても良い・・・と思うわけです。

良いお経をお唱えして、良いお話ができる・・・まずは、ここにこそ注力すべきなのです。
自戒の念を込めて申しますです、ハイ。

その上で、そういう重き役目の寺を、貶めることなく、軽んじることなく、仏法の延長線上にあることであれば、それは構わないと思うのです。

お葬式や、法事をするという、いわば受け身の姿勢でなく、もう一歩、仏法に近づきたい、という人の為に、若い人だと「コンテンツ」とか言っちゃうようなモノ・・・「徳目」を用意しておくことは、できうるならばやっておきたいことでもあります。

かつて、戦後間もなくですが、ご詠歌のブームがおこったそうです。
戦争で夫や子供を亡くし、生き残った感のある女性たちの間で、戦争で亡くなった家族の供養と、女性同士の集まりという意味合いで、お寺でご詠歌をお唱えする、ということが流行りました。

これは、ひとつには「当時は娯楽が無かった」という点が大きな要因だったと言えましょう。

それが、やがて「カルチュアセンター」やら、それこそ、カラオケやら、旅行やら・・・娯楽は増えて選り取り見取り♡・・・です。

・・・そういうことで、ご詠歌の講員さんは、軒並み減少。
あの最大級の曹洞宗・梅花講でさえ、それは同様の状態という状況では、致し方なし、というものです。

我が宗派では「一寺院に一支部」できればいいなぁ~・・・などと言っていますが・・・
そんなことはなく、私など「ご詠歌はやがて僧侶が唱えるだけのモノになっても仕方なし」などと思っている・・・という記事を書いた記憶があります。

しかし、新たにご詠歌を始める方もいらっしゃって、かくいう私も、初心の方を教えるようなことをしたりしています。

受け身の仏法から、ご詠歌を始めたい、と思ったことで、仏法方向に一歩踏み出していただければ、こっちも、もちっと深い仏法を提供するような話など、することができます。

それが、ご詠歌であったり、写経であったり、巡礼であったり、禅宗なら坐禅であったり・・・
やはり、仏法に触れるものが提供できれば良いと思います。

地味ですが、こちらに「一歩進みたい」という気持ちがおこったら、それをくみ取ってあげることで良いと思うのです。

ライブに来てもらったって、ソレッキリじゃ、ショーガナイでしょ。
そういう人よりも「一歩進みたい」という心=菩提心?・・・がある、ということが大事です。
それを救い、くみ取って、育てる・・・ということを寺ができればいい。

そういう形で、仏法を崩すことなく、地味ながらも、仏法の布教をすることができれば、それで十分有り難いことだと思うわけです。


・・・・う~~~ん・・・・続く・・・・m(_ _)m



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