夜半の嵐・・・

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明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは

・・・これは、親鸞上人が9歳で得度を受ける際に詠んだものだと伝えられている歌。
上人が僧侶として生きることを願って比叡山の青蓮院を訪れた際、夜遅かった為に慈円僧正から「夜も遅く疲れているだろうから得度式は明日にしてはどうか」と促された時の、親鸞上人の答えだった。
・・・「ホンマかいな?!」という感じではありますが・・・親鸞上人ほどの方なら、こういうこともあろう、というもの。

「いろは和讃」の冒頭・・・

霞にまごう桜花
錦織りなす紅葉葉も
夜半の嵐に誘われて
色は匂えど 散りぬるを


「諸行無常」である。
・・・この世の中に「常なるもの」は無い。すべては移ろいゆくものである。

「今」は、刻々と「過去」となり、「未来」もまた「現在」となり「過去」となる。

「明日」という日が来ないかも知れない。
「成すべきは今」・・・である。

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「明日が無かった」のが、我が父。
いつものように一日を送り、「明日がある。明日もいつものように起きる」と思って、いつものように寝たが・・・
「明日」は来なかった。

苦しまずに逝けたのは、亡くなり方としては理想的かも知れないが・・・
「明日」は何をしようと思っていたのか?
ナニカアッタハズ・・・

今が盛りと思う桜の花も、夜半の嵐が吹けば、散ってしまう。
明日も桜が見られると思っていても、風に吹かれて散ってしまうかも知れない。

今年の桜が、正にソレだった。

今日寝て、明日起きる。
この当たり前と思っていることが、その通りにゆかぬ、ということもある。

・・・父が身を以て示してくれた教えである。

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今年も、多くの方が見に来てくださったウチの桜。
今年は、どこの桜も咲くのが早くて、花見も慌ててされたのではないだろうか?
今年の桜は、散るのも早かった、ように思う。

桜の散り際に、思いを寄せる日本人ではありますが、明日の花見ができるとは限らない。

「明日がある」は、今へのあきらめと、未来への期待。

「そのうちなんとか なるだろ~~」という植木等の歌。
「今」にクヨクヨしても始まらない、と笑い飛ばすくらいの勢いで進んで行こうよ~~~と言ってる。

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春の嵐は、ときに、こんなとてつもないお土産をくれる。
昨日の夕方、日没時に一瞬陽が差したとき、大きな虹が架かった。

「夜半の嵐」の翌日には、こんな虹が出た!・・・のだった。

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「夜半の嵐」の「明日」には、大きな虹が架かった。

・・・さて、その「虹の向こう」には何があるのだろうか?

手と手をつなげば元気がでるのさ
魔法みたいだね
どこでもゆけるさ




明日はどっちだ・・・・?





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