偉くなりたい、有名になりたい

還暦となって、考え方が変わった、ということがある。
おれは、このままでいいのか?!・・・と、強く思うようになってきた。

このままのワタシ・・・というもので死んで行くのか?・・・と。
田舎の名も無い寺の名も無いボーズでしんでゆくのか?・・・と。

あるボーサンが言ってた。
師僧が「ボーズはな、コロモの色だぞ」と。
その時は、そうじゃないだろ、と思っていたが、命の限りを感じて、そのことばが突き刺さる。

男子、この世に生を受けて、名も無きままその一生を閉じるのはいかがなものか?
効成り名を遂げることこそ男子の本懐なり!

4050は洟垂れ小僧という世界でもあるが、60になってしまった今、時間は限られている。

まず、メディアにどう売り込むか、だ。

今更ながらだけれど、「未来の住職塾」だの、「インターネット寺院・彼岸寺」だのをやってる松本ショーケイとかいうバカヤロに媚び売って、仲間に入って、自分を売り込みたい。
先頃メデタク解脱失敗~でゴメンネした、小池龍之介というバカヤロも、この彼岸寺から出てきたんだったと思う。
いまは、まったく痕跡を消されているが、かつて「彼岸寺は真宗の匂いがする」と言ったら、「他宗も多くいます」とか返事が来た。
その時、「あ、禅宗もいるのか」と思ったのがバカヤロ小池であった。
ところが、そのバカヤロは、真宗だったじゃね~か!
・・・そんなバカヤロ集団の彼岸寺に入れて貰うのが手っ取り早い。

そのHPで、嘘八百の当たりの良い言葉を並べて、自分を売り込む。
十分に利用させていただく。
「売れてナンボ」である。

問題は、若気の至りばかりの所にジジイが出て行ってどうか?ということだ。

そういう点では「インターネットで身の上相談」の「hasunoha」に入って、瀬戸内寂聴的人生相談をやるのが良いかもしれない。
あの人は、「業の肯定」しか言わない。
人の話を聴いて、その人の業を肯定してあげる。
自身が破天荒だったkら、大概の人は「それ以下」である。
一番業が強かった人だから、ソレに較べれば相談者のソレはたいしたことが無い。
女性は、人に相談するときには「自分を分かって欲しい」というスタンスなんだそうな。
「分かって欲しい」というのは、「認めて欲しい」と同義っである。
「否定されたくない」・・・ここが人生相談のポイントである。
「hasunoha」というのは、一人の相談者に対して、何人かのボーサンが寄ってたかって答えるというもの。
それぞれが「オレが、オレが」という自己主張バリバリで勝手なこと言うから、相談者が混乱するんじゃなかろうか?と思う。
あの形は、初めから否定していたけれど、そんなこと言ってられない。
有名になる為には、どんなものでも利用させていただく。

メディアに売り込むの必要もある。
「宇都宮のコウリンジの副住職」がテレビで大活躍している。
最近、ボーサンがテレビに出るのは、彼に限られてしまったような感がある。
「ぶっちゃけ寺」で名を売った効ある、だ。

メディアというのは、一度どっかで使った人を使う。
冒険はしない。
彼のメディアへの出方をみていると、そういうプロセスだ。

メディアは今、ネットを中心にネタを探している。
自分の足で・・・ということは無い。
だからこそ、ネットが大切で、「彼岸寺」などは、格好のネットメディアだといえる。

いま、咲き誇っている我が境内の枝垂れ桜も、新聞等の取材は断っていたが、これからは、ドンドン利用しなければならない。
こちらからもドンドン情報を発信して、多くの人に見ていただき、同時に、住職たるワタシを売り込む。

寺も、ドンドン売り込む。

仏教とも、寺ともカンケー無いイベントを、ドンドン企画して、とにかく人を呼び、寺と自分を売り込みたい。

寺でのライブは、かれこれ20年くらい前に、3回ほどやっている。
一度は地元公民館が無くなるというので、その記念に桜の木の下でコンサートをやった。
その後も、友人の和太鼓のチームにお願いして2回のライブをやって、結構評判が良かったのだけれど、「これは違うな」と思って、やめてしまった。

今は、そのことをスゴく後悔している。
続けるべきだった。
寺の本質にそぐわないとか気取って言ってる場合じゃなかった。
「売り込み」こそが、大切なのだよ。

うっかり、ボ~~~っと平凡に生きてきたので、これから破天荒な人生は歩めない。

若い時には寺など放って、好き勝手に生きて、早くに結婚。
そこで、女房子供にDV放題。
やがて、放浪の旅に出て、色々経験して、やはり自分のやるべきは仏道だ、と悟って寺に入る。
そういうのがいい。
平凡が良くない!

大学のとき、ある同級生が言ってた。

「俺たちは、人の色んな相談を聴いたりするんだよ。
だから、あらゆることを経験するべきなんだ。
悪いことは、何が悪いのか、何が故に悪いことをしてしまうのか?
何が引きつけるのか?・・・ということは経験しないとわかんないだろ」

ナルホド、そういう面もあるか・・・と思ったものの、今思うと、ハメを外すことなく、保守的に生きてきてしまった、と後悔している。

彼の言う通りにしていれば、瀬戸内寂聴的売れ方をしてたかも知れない。

残された時間は少ない。
いそがねばならない。

とにかくどうやって有名になるか!?
どうやって偉くなるか?!

そのことに注力して、生きて行くことにした。

・・・そうだ、インドに行った副住職が、インドには「日本寺」というのがあって、日本人が交代で住職をしているらしい。

そこに行って、住職となり、そこから情報発信するのが良いかも知れない。

・・・ん、そうだ。これは説得力がある。

寺は副住職に任せて、インドに行く。
そこで、修行やら瞑想に没頭するとか言って、修行者視点で、いま日本に警鐘を鳴らす的な発信をする。
これは、良い方法かも知れない。

折角インドに行っても、ただ、住職を務めて、観光に来た人の応対をするだけじゃもったいない。
これは、自分を売り込むのには最高によい環境かもしれない。

よし、2年後に行くことにしよう。

その為には、まず「英語」だ。
中2で見失った英語を身につけるため、「スピードラーニング」をやる。
それに2年はかかるだろうと思う。

なんとしても英語をマスターして、住職を交代して、俺は「本当の仏教を求めるんだ」と言って、インドに行くことにした。

・・・有名になるゾ~~~!!っと。














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この記事へのコメント

三日ボーズ
2019年04月01日 09:39

ぬぁ~~んちって(^^)/

007
2019年04月01日 19:52
本出版して下さい。。。
三日ボーズ
2019年04月01日 22:40
確かに。
考えてます。檀家さん用に。
でも、ソレよりも、ネットかも知れませんね。
もひとつ、寺用のブログを作るとか。
007
2019年04月02日 04:49
手で実物を触れる、観れる、消失しない、、、
個人的にはアナログ的な本が良いと思います。。。
僧階
2019年04月02日 21:18
私は高野山真言宗の者ですが、40年程前に高野山大学を卒業して、その際に権大僧都を頂いてから 一度も僧階を上げていません。坊主の価値は僧階ではない!と思っていましたが、歳を重ねた今は『コツコツと上げておけば 今頃 権大僧正になっていたなぁ~』と後悔しています。
三日ボーズ
2019年04月02日 23:10
マジレスしませう。
ワタシも位にはまったく興味が無かったのでありますが、回りが困るだろう、ということと、仲間内の法要の時に、位と役配の関係で、座るところが無くなる、ということになるので、上げました。
我が方では、とりあえず僧正(紫)になっとけば問題無いので。
三日ボーズ
2019年04月02日 23:11
007さん、その前に、写真集が作れるや否や・・・ですm(_ _)m
007
2019年04月03日 04:21
広い意味で本です、、、
真意は三日ボーズさんの写真集を観たいです、ね。。。
通りすがり坊主
2019年04月04日 01:59
ハスノハの回答してくれると助かるなぁ。時間のある時だけでいいので。
三日ボーズ
2019年04月04日 17:39
hasunohaは、私如きが出る幕はないでしょう、よいう感じです。
人生相談はいやですし、一人の質問者によってたかって回答するのもどうかと思ってまして・・・より、迷いを生んでるようにも思えます。
通りすがり坊主
2019年04月04日 21:47
よってたかるどころか回答者が足らなくて質問受け付けを制限しているくらいです。
時間に余裕がないとなかなか対応できないですね。私は1日1回答を自分なりのノルマにしてるのですがそれすらできない日も多いです。でもお礼の言葉をもらったときは回答して良かったと思います。怒られる時もありますけどね。
三日ボーズ
2019年04月04日 23:20
hasunohaは、地元仏教会でなじみの知人が言い出しっぺですので、初めに覗いたものの、その時の印象で遠ざかっております。
ネットという顔が見えない状態での人生相談は無理ですワタシには。
それに、実際に身の回りに問題が多すぎます。
住職となって振り回されています。
ホントに、お檀家さん、みなさん、問題を抱えていらっしゃる・・・。

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