家族葬とは・・・

家族葬.jpg
二日続いて、通夜無しの葬儀。俗に「一日葬」とか言われているものが続いた。

そのひとつの葬儀社で・・・
司会が開式のコメントの中で・・・「ただいまより、○○様の葬儀を、家族葬にて執り行います。」と言った。

これに心が乱された。
最初の「三礼・如来唄」で、心をなんとか建て直そうとするも、落ち着かず、理趣経に入ってナントカなる。

さすがにこれは終わってから注意した。

家族葬にて執り行います・・・と言われたら・・・
「じゃあ、オレは要らないのね」と言って、帰ろうか・・・ということですよ。

近年、葬儀に関する言葉が勝手に走ってる感じがする。
曰く・・・直葬、一日葬、家族葬・・云々・・・
根拠無く、定義無く使われている。
みんなが勝手に使ってる。
思い思いの解釈で使ってる。

「直葬」という言葉は、元『月刊 SOGI』編集の碑文谷さんが、揶揄を込めて言ったことなのに、いつの間にか、当然の「葬儀プラン」として各葬儀社が謳っている。
恥ずかしげも無く。
誰も「元」を探ろうとしないから、こういう事がおこる。

「家族葬」も、その言葉を追えば「家族で弔いをする」ということになる。
「葬儀のようなこと」をする、ということだ。
元は、創価学会の「友人葬」に依る。
学会が日蓮正宗より破門されて、それまで正宗のボーサンを読んで葬儀をやっていたのが、できなくなって、仕方なく自分たちでお経を読んでいるのを「友人葬」という。
その時点で学会は「宗教法人」としての存在の基盤を失ってしまって成り立たないはずだが、ナントカ体裁を保っている。

その「友人」だけで「葬儀のようなもの」をやる・・・というのがひとつ。
そこに、タレントさんとかが「葬儀は家族で済ませました」というようなことがマスコミを通じて語られるようになった、ということがひとつ。
「家族だけでお別れをする」というのが「やさしさ」というイメージを植え付けたのだ。

それで、生まれてきた。
創価学会がやってるのは「葬儀」とは言えない。
破門された時点で「宗教」では無くなっている、と見るのが本当のところ。

タレントさんとかの場合は「葬儀は家族で済ませました」の後に「つきましては、後日『お別れの会』をいたします」ということが言われている。
ここを聞かずに「葬儀は家族で済ませました」だけを聞いて、勝手にイメージしてしまったのが「家族葬」。

タレントさんなど有名人の場合は、公私の「公」が大きすぎる。
1回の葬儀をすると、家族のお別れが良く出来ないので、「公」と「私」を分けるのが「家族・親族だけの葬儀」と「お別れの会」ということになる。
家族・親族だけの葬儀は、その家の宗教にン則って行なわれることが多いが、お別れ会は宗教に依らないことが多い。
これは、多くの人のために宗派・宗教をひとるにしない方が良いだろう、という思いもあるように思う。
これが「告別式」である。

葬儀社の司会の、何処の誰もが「葬儀、並びに告別式」と言っているが、本来は「葬儀告別式」なのだ。

葬儀は宗教が入るもので、宗教が入らないものを「告別式」という。
これは、明治時代の中江 兆民(なかえ ちょうみん)に由来する。
彼は「霊魂など無い」と言い「自分の葬儀はするな。死んだらすぐに火葬場に送って荼毘にしろ」と言い残した。
しかし、彼の死を悼む人が集まり「宗教による儀礼としての葬儀」の代わりとして「無宗教」での会が執り行われた。
これを以て「告別式」の始まりとする。

花を入れたり、喪主が挨拶したり、というのは、我々がいう「葬儀」に入らないので、この部分を以て「告別式」ということもできる。
しかし、司会者によっては、私が引っ込んだところで「葬儀並びに告別式を終了します」と言ってしまう人が結構多い。
そういう人は「葬儀=告別式」と思っているのだろう。

地元「下野新聞」は「おくやみ」の欄に「告別式」と書いている、トンだ間違いだ。
言葉を仕事にする新聞屋が困ったモンだと思う。

前置きが長くなったが、この「告別式」だけを行なうのが「家族葬」であるといえる。

しかし、どの葬儀社も「葬儀の規模を示すような言葉」として使っている。
何も考えない連中によって、勝手に解され定着してしまったかのような状態になっていて、とても嘆かわしい。

新聞の「おくやみ欄」に「家族葬で行ないます」と書いているケースがある。
新聞の「おくやみ」の記述を「告別式」としたのは、私が聞いたところでは、活字を大きくする時に、文字数を少なくするために、元々は「葬儀・告別式」とあった「葬儀」を削って「告別式」にしたんだとか。
しかし、告別式の言葉の意味も考えずに使いながら「家族葬」という言葉も考えずに使ってる地元下野新聞の頭の悪さは困ったモンだと思う。

新聞に「家族葬で行ないます」と書くのは、とても強いメッセージになってしまう、ということを考えていない人が殆どだとおもう。


・・・続く・・・・


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この記事へのコメント

タロウカジャ
2020年02月06日 10:54
世の中ご縁を大事にしない風潮が蔓延していますね。
家族葬、要するに他人は弔問に来るな。
香典をお断り。後の始末が面倒くさい。
大きな告別式は、読経の間にざぁーとお焼香をして遺族に頭を下げてお供養の品を頂いておしまい。
人と関わりあうと手間とお金が掛かるので簡素にするということですか。
時にお寺さんに頼まず音楽葬、無宗教葬が執り行われますが、なんとも締まりのないものです。
告別式は、故人を偲んで盛大に行うのを理想と考えております。