亡き人の声にあれこれ学ぶ

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夏のお施餓鬼ロードは、昔はお盆を挟んでやっていた。
お盆の後に施餓鬼をやっていたところもある。
午後にやってた所もある。

檀家さんから申し込んでいただいた塔婆を書いて、それを10名くらいのボーサンを呼んで大法要をして、供養する。
それを、お盆を挟んで、ほぼ毎日やっていた。
ウチは8月7日。
「墓なぎ」という。お墓掃除をするという。
本来なら7月7日。
これは「お盆の準備の日」なんだと思う。
墓掃除をして、盆棚を作る。
盆棚に笹竹を絶てて如来様の名前を書いた幡を下げる。それが七夕(棚幡)。
旧暦の扱いにしてやるのが「月遅れ」のお盆、ということ。

ウチはちょうどその日に施餓鬼をやった。
そこで塔婆を供養して、お盆の入りまでに取りに来てもらう。
その塔婆を盆棚の側に置いといて、送り盆の時に、お墓に持って行く。

そういえば、お盆過ぎに施餓鬼をやる寺の檀家さんは塔婆をどうするのか?

お盆にお墓参りをして、また施餓鬼に来て、塔婆を持って墓に行く、ということになる。
これは面倒かも知れない。

・・・ということか、それとも、住職がお盆を挟んで施餓鬼をやるのが大変だということか・・・
・・・おそらく、両方・・・で、そういう寺が、近年、ほとんどが盆前に移動してきた。

昔は、8月の施餓鬼は7日のウチが一番だったのに、今は、1日からずっと入ってる。
ウチが「半ば」になってしまった。

そういえば、盆過ぎに施餓鬼をやる寺は、午後にする所が多かった。
もともと施餓鬼は夕方なんだと思う。
餓鬼は明るいうちは動かない。
本来なら、灯明も点けず、鳴り物も使わない、というものだった。
そういうことで「午後」だったのだろうと思う。

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昔の録音を聴いて、そんなことを色々思い出す。
昔と言っても、10〜20年位前のものだ。
その間、MDが出て、無くなってるというのも困ったモンだけれど・・・

ワタシもいつ頃から施餓鬼に出るようになったんだろ・・・
サラリーマンをやってた時には出られなかったから、フリーになった30過ぎか・・?
その間、ボーズはやってないので、そのブランクで忘れてしまったこともあり、色々慣れるまでは大変だった。

同じ轍は踏まないように、ということで、副住職は、大学より戻ってきたらすぐに出仕。
彼も馴染めるし、ワタシも楽♡・・・ということで。

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法要に先だって、例えば法要が11時からだったら、10時から20〜30分御詠歌を練習して、法要の中でみんなで唱えていただく。
その後、40分くらい「法話」がある。
地元の住職が交代でやっているのだけれど、いちおう「本山特派布教師」ということになってる。
ちゃんと本山から辞令が来るらしい。

当時のワタシは、そんな人前で話すなんてことは出来るはずも無い、というようなクズだった。
それでも、いずれ人前で話すような時が来るんだろう・・・という思いで、法話を録音していた。
そのときの参考にするために、と。

法話をされてる時は、我々は控え室にいるので、全部を聴くことをできないから、法話が始まる前に行って、録音機を置いてくる、というようにしていた。

それが、今や、貴重な録音になった。
遷化された方も多数。

ついでに入ってた法要の録音も、遷化された住職の声が入っていたりして、今となっては貴重な物だと思う。ワタシは「布教師」の資格はないので、施餓鬼に布教をすることはないけれど「御詠歌布教」といいうのは勤めさせていただいている。

いつの間にか、どんだけ人がいても、その前で平気で話せるようになってた。(^^)
それどころか、お馴染みの葬儀アシスタントさんや司会の人から「話が長い」とさえ言われる程になってた・・・(^^;)

今、昔の録音を聞き返して、布教師のみなさんの、話の内容が改めて勉強になる。
ワタシもそれなりに勉強をしてきたようで、色々聴く中で「それは違うよ」とも思えるようにもなってた。

話が面白くて、ためになる年寄り住職・・・になりたいな〜。


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