さよなら『アサヒカメラ』・・・

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かつて『カメラ毎日』という月刊誌があって、実験的な写真とかも多く「写真」というものへの様々なアプローチ、チャレンジが見られた。
あの「アングル」というアマチュアにも開かれたコーナーに憧れた。
『カメラ毎日』は「写真の本」という雰囲気があった。

自分としては、やっぱり『カメラ毎日』が好きだったなぁ〜〜と思う。

写真というものは、記録であり、表現であり、感情であり、ニュースであり、ルポであり、告発であり、時に暴力的な力も持つ。
歴然とした「表現の手段」だった。
メッセージも持っていた。
そんな混沌とした写真、というものが『カメラ毎日』にはあった。

その『カメラ毎日』がいつの間にか無くなってしまった。

ヘンな言い方だけど、レベル、というか、意識(のか?)高さという点では『アサヒカメラ』が「その次」だった。
『カメラ毎日』に比べると『アサヒカメラ』はスマートな感じがした。

『日本カメラ』は、庶民的な感じがした。
父などは『日本カメラ』の方が好きだったようだ。
毎月20日にこの2冊を買って渡すと、決まって初めに『日本カメラ』を手に取っていた。
父にとっても、この2誌を読むというのは、写真を始めた頃からの楽しみだったんだと思う。

『アサヒカメラ』は「写真を語る本」という方向にウエイトがかかっていたが、『日本カメラ』は「写真好きの人向け」という方向があったように思える。
前者が「芸術寄り」で、後者が「アマチュア寄り」という感じ。
『カメラ毎日』はもっと「芸術寄り」だった。

そういう意味では『アサヒカメラ』は中途半端な立ち位置(編集)になってしまったのかも知れない。
「写真雑誌」と「カメラ雑誌」の間に揺れていたのかも知れない。
そして、体勢として「写真雑誌」のニーズが低くなってしまった、ということなんだろうと思う。

だいぶ前だけれど、新橋にあった大庭商会という中古カメラ店が無くなった。
最近、新宿ミヤマ商会が無くなった。

渡部さとるさんの『旅するカメラ』じゃないが、カメラの寿命は長くて、中古市場も賑やかだった。
入門用に「新同品」というのを買ってみたり、ということもある。
ライカなどは、中古市場でもってるようなものだ。
デジカメは、現行品としてのモデル寿命も短いが、中古としても短い。
フィルムのカメラは、フィルムが同じなのだから、カメラが変わったとしても、大きく写りが変わるようなことはない。
デジカメは、新機種が出ると、それまでの機種は、ガクンと性能が落ちてしまう。
だから「地図写真機」のように、中古も効率よく回転させて行くことでしか商売にならない。
昔からの、小さな中古カメラ店は、軒並み廃業となっているのだと思える。
ネット・オークションも悪影響を及ぼしているのだろう。

カメラ雑誌の巻末には、中古カメラ屋さんの広告が溢れていた。
そこを見るのも楽しみだった。
すぐにどうこうということでは無かったが、広告を見て、欲しいものを見つけたり、考えたり、といのが楽しかった。
新型の広告よりもソッチをよく見ていた。

それが、ここ数年めっきり減ってしまっていた。
『アサヒカメラ』は大きな親会社がるというか、その一部なんだから大丈夫だろうと思ってて『日本カメラ』というのは、手広くやっているわけではなく、小さな会社そうだから「もしかしたら・・・」と思っていたのは、実は『日本カメラ』の方だった。

朝日新聞という巨大な企業の傾きの方が大きかったということだろうか?
思えば、新聞は、ワタシも読んでいない。
やっぱり活字を読まなきゃ・・・と思っていたが、今や、ネットニュースしか見なくなってしまった。
今や、新聞のシステムは時代に合っていない、とさえ思う。
大きな企業なればこそ、その時代の影響は大きく、切るべき物は切る、ということだったのだろうと思える。

あとは『日本カメラ』に頑張ってもらうしか無い。

ただ、今の編集方針だと、他のデジタル前提の「カメラ雑誌」と変わらないようになってしまうかも知れない。
正直、どっちかと言われれば『アサヒカメラ』に残って欲しかった。

これからは『日本カメラ』の編集が問われることになるんだと思う。
デジカメ頼りでない、いつまでもフィルムカメラも扱う本であって欲しい、と願う。

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そうか『アサヒカメラ』は、正に父が生まれた年に出来たのかぁ・・・
父はそれを知っていたのだろうか?
父が生まれたのも4月だった。

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冒頭の写真は『アサヒカメラ』の最終号をチェキで撮って、それをiPhoneで撮ってみた。
これが「時代」かな?・・・と思って。

『アサヒカメラ』が無くなると、いよいよ以て「写真とは何か?!」ということを語れる本が無くなってしまうように思う。
インスタグラム的な写真を写真だと思ってしまう世代がこれからの人たちということだ。

「インスタ映え」が評価の基準になりそうな感じだ。

写真の発表もネット上となれば、写真の評価も「写真とは?」というものも、変わってしまうのかも知れない。
いや、変わるだろう。

写真は特別な物ではなくなってしまった。
機械を使うというハードルも無くなってしまった。
誰もがスマホというカメラを、カメラという認識すら持たずに、写真という認識すら無く撮っている。
それが、今の写真、だ。
写真の価値も重みも変わりつつある。

写真を芸術・文化として語れる本が無くなってしまった・・・という感じ。

『カメラ毎日』が今一度欲しい・・・それが、今という「時代」なのではないか?・・・と思うのだ。



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この記事へのコメント

007
2020年06月20日 16:41
かってNIPPON CAMERAの2009年6月号”読者の広場”に掲載された「写真人だったら撮影時はお静かに」という三日ボーズさんのお便りに感動し購入した日本カメラ、、、。

またアサヒカメラ2007年六月号の”写真集から”に紹介して頂いた小生の自費出版「EpisodⅡ」、出版局の宮野純子様にはお世話になりました、、、。
(その後「長良川鉄道STORY」を刊行、2009年7月)

あれから十年以上が経過して、、、懐かしいですね(^_-)-☆
あの頃は元気でしたし、少し経つとリーマンショックが来て独立が2010年4月でして、、、三作目の「長良川鉄道STORY」の刊行製作時は少し苦しかった思い出があります(;^_^A、。

お互いに還暦を迎えて?、、、なんだかなぁ、、、というところですね、。
三日ボーズ
2020年06月20日 20:12
『日本カメラ』への投稿、忘れてました。(^^)

自分の時代が終わって行く・・・という感じが、たまりません〜〜

逆らってやるぅ〜〜〜〜(^o^)

タロウカジャ
2020年06月20日 23:43
久しぶりに「アサヒカメラ」2020年7月号を買いました。
ニコンもキャノンも広告がありません。
末路哀れです。
別に大山顕の「新写真論」購入しました。
単行本の単価が随分高くなっていますね。
内容の批評でなくてすいません。
三日ボーズ
2020年06月21日 21:34
改めて読み返すと『日本カメラ』も、プロの「作品」をよく取り上げていると思えるし、案外好き勝手言ってる記事もあったりするので、大丈夫・・・か、な?

一番は、やっぱり「広告」か・・・
ああいうメディアに広告を出す意味が、ほとんど無くなっているようにも思える・・・