Twitterは、もう「匿名」をやめればいい

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Twitterがこれだけ使われるようになって「2(5)ちゃんねる」が衰退するかというと、それはまだまだのよう。
ただ、前の記事にも書いたように、「2(5)ちゃんねる(=以下「5ちゃんねる」)は、パソコンユーザーが多いと思われ、パソコン人口が減っている以上、やがて「5ちゃんねる」の高齢化が来て、その後衰退、という感じになるのだろうと思われる。

「5ちゃんねる」は『電車男』の如く、深夜にパソコンに向かって書き込む、という印象がある。
そこには、かつての深夜放送の連帯感のようなものがあると思える。
「5ちゃんねる」では、相手が誰かが分からない方が面白い、ということでもある。

昔、深夜放送には「匿名希望の○○さん」という、今で言う「ラジオネーム」というものがあった。
そこには特徴ある「匿名」の方が記憶に残る、ということでもあったりする。
愛川欽也さんの「パックインミュージック」にあった「カトリーヌコーナー」に毎週のようにラブレターを送っていた「牛込のカトリーヌ」さんなど良い例。
永六輔さんの「土曜ワイド」では実名が原則だったけれど「神楽坂のハセガワさん」とか、数名が「お馴染み」となる。
誰だか分からないけれど、そのラジオの中では有名人という感じになってたりする。
ワタシも何度か投書を読まれたが、忙しい時間なのでなかなか書けず、覚えていただくほどには至らなかった。

この辺の感覚はTwitterでも同じで、お馴染みという感じになる人もいるが、あえて、匿名の方が面白い、ということもある。

しかし・・・
実名で書いている有名人とかに対して、匿名で攻撃するのはアンフェア・・・いや、卑怯!なことだ。
自分は同じ土俵に立って、同じレベルになった気になって言ってるつもりだろうが、それは、人としてあるまじき行為だと思う。
攻撃する言葉はバーチャルではない。
実弾射撃の狙い撃ちようなものだ。

いや、そもそも、Twitterを主張の発露にするな、と言いたい。

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先のプロレスラーの方の自殺など、テレビという「作られた世界」つまり、バーチャルな世界のことを真に受けて、その人のアカウントに攻撃するということが行なわれた。
いわゆる悪役的レスラーのようだから(見てないけれど)、その「キャラクター」の延長であって、テレビからもそれを要求されていたはずだということは容易に想像できる。
前の記事に「ひるのいこい」さんからいただいたコメントにもあるように「ジャイアント馬場VSブッチャー」も「川口浩探検隊」も、矢追純一の「UFO」も、胡散臭いと思いつつ、楽しんでいたわけだ。
「うそっ?!」と思いつつ、見てしまって・・・やっぱり結論としては「テレビだからね〜」という、がっかり感とともに、ちょっと引いた目で見ていた。
そうしないと、ちょっと夢中になってしまった自分が恥ずかしいから、ね。(^_-)

学校で「あんなの、テレビだからよ〜、つくり物だからよぉ〜」などと冷めた目で見てるかのように言ってるヤツほど「夢中になって見てたんだろ、お前」・・・という感じ。

こういうニュアンス、今の連中は分からんかな〜?
「ひょうきん族」なんかは、そういうのをよくパロディにしてたけど、ね。
「パロディ」なんてのも、今の若いのには分からんのかな〜?

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昔から「テレビに文句を言う人種」というのはいた。
ごくごく当たり前のことを、これぞ!とばかりに抗議する人はよくいた。
アナウンサーの間違いなど格好の餌食。
NHKには、そういう電話が昔から良くかかっていたのだ。

そういう意味では、今と変わらない。
人の間違いを見つけて得意がるような人種はある一定数いたのだ、とも言える。
何か悪いことをした人がいると、その会社に抗議の電話をするという人もいた。

スマホが無い時代から、電話や手紙を出すという手間をかける人はいたが、それがスマホに乗り換えたのかは分からないが、どうも、人間という生物の中には、そういう思考を持った人が、一定数いるのかも知れない。

それが、誰もがスマホという道具を手に入れて、Twitterというものをやり、人に対して、いわゆる「マウントを取る」ことで、快感を感じる人種というものを、増殖させているのかも知れない。
・・いや、そうだと思う。

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高校の2年と3年の時の担任に学んだことがある。

実は、ワタシは1年から2年の頃、割といじけていた。
1年の時は、県立を落ちて私立に入ったことが悔しくて、ツッパってるような感じだった。
元々、悪いのが多い学校だったけれど、ああいうバカには成らない、とは思いつつ、なんというか、オレは理論派でゆく、という感じだった。

生徒を無視して、授業をただロボットのように1時間話して帰って行く先生や、戦争体験を面白おかしく話す大ベテランには、反発した。
しかし、1年の時の担任に、その先生に「謝れ」と言われ、屈辱的な気持ちで詫びたこともあった。

勉強が出来ないヤツ、と思われるのはイヤなので、クラスで3番の成績は取っていた。
1番にならないところもカワイクナイところだった。

2年と3年の担任は、そういう1年の時のワタシを見ていたようだった。
先生に注意されたあと、ワタシが朝礼台の足を蹴飛ばしていたのを見られていた。

その担任が教えてくれたのは、世の中には「皮肉」という言い方もあるんだよ、ということ。
直接ではなく、皮肉という言い方をすることもできる。
そういう、世の中を斜めに見るような見方というのもあるし、生きて行くには大事なことだ、というようなことを学んだ。

そういえば、落語の世界には、そういうことがいっぱいある。
下の者が上の者に皮肉を込めたり、笑ったり。
決して、自分が同じレベルに立とうとするのでもなく、上から見下ろすようなことでもなく、下から見上げて、ちょっと笑いにする。
そういう精神が日本の古典にはあったんじゃんか〜。

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岡村隆史さんの件では、最初の攻撃した男も、追いかけるように攻撃に加わった女性もフェミニストを名乗っていた。
こういう極端なイデオロギオーを持った人というのは、例えばパヨクとかネトウヨとか言われる人とほぼ横並びという感じで、自分の立場ありき、で物申す傾向がある。

自分の主張のタメに、無理矢理「差別」という方向に持って行く。
岡村さんの件は、まったくソレだった。

風俗で働く人が皆、貧しさのために仕方なく身体を張っている、あるいは売っているという、なんか、昭和の演歌のストーリーのようなことをいつの間にか「付け加えて」いる。
岡村さんは、ソコまでは言っていない、と受け取れた。

深夜放送だ。
自分の深夜放送の概念が古くさい過去の物、と言われそうだけれど、岡村さんは、投書のリスナーを同じで、自分も風俗のお世話になってる者として、おそらく、見下しては言っていない。
札束でホッペタを叩くような、お金のある者として、見下げて言っているのではなく、お世話になってます、という感じで、対等もしくは、敬意を払っているとさえ思える。
これも、ワタシの論理に引き込む文章だろうか?

差別をしているのは、件のフェミニストの方だと思う。
断じてそう思う。
彼らが、差別を作っているのだ。
実は、フェミニストを名乗る彼らの見方の方が極めて差別的だったということ。

岡村隆史さんのほうが、女性に対する愛情があると感じるなぁ〜、ワタシは。

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部○解○同○とかもそうだけれど、彼らの様な者たちが、自分の組織、あるいは立場を維持するために、または、主張するために差別を作ってはいけない。
『TVタックル』に出ていたナントカ女史とかも、昔なんか男に酷い目に遭ったようなトラウマでもあったんでしょうか?
・・・と言いたくなるような被害妄想的モーレツ男女差別を、極めて表層的な見方で主張する。

そういうのばっかり、という感じで、どうもフェミニスト、フェミニズムというのは、苦手な存在だ。

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Twitterというものが、自分を主張し、認めてもらいたい、という意識を生んでいるようだ。
そのくせ、それが匿名だというのだから、オカシナ心理だと思う。

「いいね!」とか、リツイートを沢山されて、彼らの言う「バズる」ということを目的にしているよう。
TwitterやYouTubeで、でバイト先の食品にいたずらして投稿して問題になったのなど、匿名で有名になりたいというヘンな意識が働いている。
見る人にとっては誰だか知らないが、こっちは「自分」だという思い込みがある。
自分だとは分からないだろうということで、犯罪的なこともやってしまう。
それはTwitter上では「自分ではない」から、犯罪も犯せる。

それだけ過激なことをやれば、世間にとっては自分とは分からないが自分にとっては自分である「ハンドルネーム」が有名になる。
それは、世間は知らなくても。、自分にとっては自分なのだから、それは、誰知れず自分が有名になってるということである。
・・・という、なんとも、歪んだ欲望を生み出している。

現実の自分は無力だけれど、Twitterの世界では強くなれる、有名になりたい・・・という意識が根底にあるように思える。

相手が誰か分かって攻撃するのは、攻撃されるほうからみれば「誰だか分からない」ということが、余計に不安と恐怖を増加させる。
それが不特定多数となった時、それは極めて強い暴力となり得る。

女史プロセレスラーをTwitter上で攻撃した者は、おそらく、Twitter上でもフォロワーが少なかったり実社会でも交際範囲が極めて少ないか、無いような人なのだのだろうとも思える。
そういう遣り取りが少ないから、攻撃ということの意味が分かっていない。
少なくても、同様に攻撃されたような者なら、その強さは感じているはずだ。

Twitterは「5ちゃんねる」のような閉ざされた世界では無い。
Twitterも、言葉を網にかけて「死ね」とか「自殺」とかの言葉を見つけたり、画像すらも観閲しているらしいけれど、そういう問題ではない。
それは付け焼き刃というものだ。
Twitterの存在そのものが「悪」にななってしまっている。

Twitter社は、これだけ社会の害毒になっしまっている自分たちのツールを、根底から見直す必要がある。
「実害」が出ているのだから、考えなければならない。
使う者が悪い、使い方が悪い、と思ってるのだったら、それは違う!

もはや、Twitterは大きくなりすぎたのだ。

すべては「人の使い方」である。
道具は使う人によっては、殺人の道具にもなる。
「バールのような物」で人殺しをする者が多くなったからと言って、バールの製造を止めるわけには行かない。
ソレが無いと、それを道具として使う人は困る。

Twitterを実名にすることは、何の問題も無いと思う。
それがイヤなら、使わなければいい。
それじゃ儲からない、とTwitter社がいうなら、それも違う!

ワタシとしては、相手がわかっているFacebookのほうが居心地はよいと思ってる。

Twitterは無くなっても困らないよ・・・という極論を上げて、
この項、終わります。m(_ _)m





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この記事へのコメント

ひるのいこい
2020年06月22日 23:44
 その昔 中学の担任にこういわれたものです
「口の端に交番所つけなさい」 まぁ,今でもこの言葉だけは
守っている「つもり」なんですが(苦笑)

 私の頃は 生徒会の役員は「押しつけられる」もので
その癖「生徒会役員は内申で有利だよね」 なんて言われて 「だったら
おまえらやれよ」と思ったものですが… 最近の同窓会で「いこいさんは
優秀だったから…」ええ,言った側は忘れてますが 言われた側は忘れていない(そう言わざるを得ないんでしょうが)んですがね 以上愚痴終わり。

 私自身,ツイッターもハンドルですし フェイスブックもハンドル(規約違反は承知の上)なのは,やはり一枚緩衝材入れないと怖いです。というのはあります。
私などパーソナルデータ結構開示(西国の大先達で関西在住 男と言うだけで数十名まで絞り込まれますし,リアルで会っている方にはハンドル隠しているわけではありませんしね)されますが,猪突猛進の悪意には ワンクッション’置きたいという意識はあります。これでも2ちゃん時代はコテハンだったんですけど リアルと非リアルを分離できない今の現状は(守るべき者があると言う想いがある以上)こわいですね。 一応これでも 言葉は選んで書いているんですが(苦笑
三日ボーズ
2020年06月24日 09:03
Facebookで、ホントの友達に対して下らんネタをやってる方がワタシには向いているようで。
ときどき「友達申請」という訳わかんないモノがありますが、フォローしてくれれば良いだけのことなので、ことごとく無視です。
結局、実名かハンドルかというだけで、TwitterとFacebookもほぼ同じようになってしまっていて、ナンダカナ・・・であります。
TwitterもROMになってみて、それほど必要なものじゃなかったということは分かりました。
いずれ、ちゃらっと再開するか、いっそ、別アカウントを作って、別人として始めるか?・・・とか。
青山ミツヒデ
2020年06月24日 17:23
リアルでは人付き合いあまりしないので
ツイッターでの知り合った何人かは大切な相手という認識があります
ツイッターが無くなると連絡とれなくなる関係
なのでツイッターが無くなると困りますw
あとツイッターは泣き言掃き出しの場みたいな 自分の場合FBではネガティブなこといえないです。
ツイッターは自分が読んだ本の著者などに疑問とか聞けたりするので
いいなとは思います。構造が簡単なので使いやすいです。FBはいまだにつかいかたがわかりません。
いくつかのお気に入りのブログにコメントしてというのが自分の最初のネットの楽しみ方だったんですがツイッターにのめりこんでからそれもしなくなりました。長い文章よめなくなってきてるのはツイッターの影響なのか加齢のせいなのかたぶん両方です。
三日ボーズ
2020年06月24日 19:54
どこの誰だか分からないながら、リアルな友人知人よりお互いを良く分かっているというTwitter上の友人関係というものはありますね。
そういう人にはコメントも気を遣ったり、リアルな友人と同じ感じだし、リアルで無い分心を開ける、ということもありますね。
Facebookを通してリアルな知人というのもできました。
しばらく応答が無いといいうことで、心配してくれるTwitter上の友人は立派な友達でしょう。
青山さんのツイートを見ていると「泣き言掃き出しの場」というのも、良く分かります。そういうことで気持ちが楽になれるということは大いにありだと思います。
Facebookで実名でそれをやられると応答できなくなりますが・・・
ワタシの場合は、ここで吐き出しているので、TwitterとかFacebookは面白いことを探して言ってるという感じです。
が、時々、真面目に突っ込みたくなって、色々言って、結局、理解してもらえず悶々とすることが多いですね〜。
そういうことをやらないように、ROMするだけ、と言い聞かせて、今のところ、落ち着いてます。

ただ、Twitterを通じて、激しく主張したり、人を貶めたりするのが、時折見えると、心底イヤになってしまいます。

Twitterも、昔のどーでも良いような「つぶやき」に戻ってほしいと思いますね。
意見したい人には、きっちり実名でショーブしろよ!!・・・というものが別にあると良いんだと思います。
2ちゃんねるだと、テーマ毎に分かれてしまうので、ひとりの人間の色んな面を見る、という点がTwitterの良いところでもあるのだと思います。
2(5)ちゃんねるだと、一人の人間性みたいなものは見えてこないですからね。
・・・ということに、今気がつきました。