葬儀のお値段・・・

Twitterに「カレー坊主」さんという方がいらっしゃって、いつもは、ニコニコしながらカレーを食べてるんだけど、下のようなツイートをされました。

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調べたら「第87回、毎日広告デザイン賞」なんだとか。
かつて、広告に興味があったころ、本気で応募したいと思ったことがある憧れた賞だ。
ここにコレがあった。
カレー坊主さんに指摘いただかなければ分からなかった。

これが、出された時、問題にされなかったのか?

ただ、昔の記憶によると、一般にも開放された広告デザインの登竜門だったので、実際に新聞に載ったものでなく、応募作品の可能性もある。
つまり、イオンが出した広告ではないという可能性もあるが・・・

どちらにしても、ここに見られる感情、あるいは、感情の無さといったものか?・・・・というものが「現代」なのか?と思わされる。

広告とは、センセーショナルな物ほど、心に響く。
広告を作る者は、現代という時代を読み、あるいは、時には予測もする。
そして、商品を売る戦略を考える。

イオンは、葬儀費用を明示して、ある意味、この業界に「殴り込みをかけた」という風に捉えられているかも知れない。
そのお布施も含めた料金表に全日本仏教会がクレームを入れた。
「読経一式+普通戒名=25万円」「直葬+普通戒名=10万円」などという標示をしていたのだった。
おまけに「8宗派の総本山から許可を得ている」としていたが、これは実際には8宗派で修行をして僧籍を持っている僧侶を紹介するだけのことだった。
そのため多くの宗派が「許可など与えていない」と抗議し、イオンはすぐさま「不適切な表現」だったと詫びた。

「お布施の目安」の問題。

全日佛は、戒名を授ける意味や作法は各宗派独自の伝統があるうえ、お布施はあくまでも寄付であり、金額を表示するのは適切でないと言う。
これに対してイオンは、ホームページから目安を削除し「多数の寺院で取りまとめられた目安をコールセンターのみで知らせる」サービスに変更したという。
また、サービスの名称も「お坊さん紹介」から「寺院の紹介」へと変更。
寺に所属しているしっかりした僧侶を紹介することを前面に打ち出した。
(実際の中にはそうではないと思う・・)

この辺に関しては、以前「葬儀は誰の為に行うのか?」という全日本仏教会のシンポジウムに関する記事に、派遣ボーズの会社のことと共に、書いた。

近年、葬儀が「消費者問題」的に扱われる傾向がある。
その「費用」だけが論じられる。
葬儀の話題の中心が「費用」になってしまっている。
そうなれば、料金となってしまう。

それをイオンは正に「価格」としたのだった。

お布施も含めて・・・である。

これに対して、全日佛の反論は、弱いものがあると感じる。
私自身も、イオンのやり方に真っ向から正論として立ち向かえるものが欠けている。
ウチのお布施も、実は「価格」になっているからだ。

今でもお布施は「お気持ちで」と明示しないお寺があるという。
正直3万円、ということもあるそうだ。
結局は、葬儀社等に聞いて、決めるのだろうと思う。

「お気持ちで」と言われると、かえって困る、という話を聞く方が多い。

ウチでは、先代が作った一覧表があり、ワタシも住職になった時に、それを継承する、という形で、使わせて貰っている。
「先代がきめたので」というのは、お布施の金額を聞かれて、言いにくいワタシの支えになってくれるものでもある。
悪く見れば、責任転嫁でもある。逃げ、でもある。
でも、ワタシには、他に手が無い。

住職ともなると、やはり、お寺の維持ということを第一に考えなければならない。
そこは経営者の目にもなる。
寺や墓地の維持・管理にはお金がかかる。
長期的に見た展開、整備もある。
そう考えると、お金はもっていたい。
あくまでも、法人としてのお金だけれど。

「お布施は気持ち」・・である。

そこに気持ちが込められているか?・・・そこに自問自答がある。
満足していただける葬儀ができているか?
お布施が過度の負担になってはいないか?

進んで寄進してくださる方もいる。
ワタシが住職になってから、大きな寄付をいただかずにナントカやりくりできるように、護持費として年4000円をいただくようにさせて貰ったが、それも払いたくない、という気配満々の方も、一方には、いらっしゃる。
正直、お金をどれだけ、持っているかも、金銭感覚も、それぞれで難しい。

例えば、ある方は寺の跡継ぎになる条件として「戒名統一」をしたという。
これもひとつの考えだけれど、逆に不平等にあるという見方もできる。
お金を持ってる度合いによって、同じ金額でも、それがいとも簡単に払えるお金であったり、負担になったり、ということになる。
お金がある人はできれば沢山払っていただきたい。
無い人は少なくてよい。

これの基準が戒名でもあった。

ウチは「永代戒名」といっていて、一度だけ戒名料をいただいて、次からはいただかず、葬儀のお布施だけになる。
家に付く戒名、という意識だ。
だから、地元の家の場合、大昔にいただいているので、戒名料は無い。
これだと、お金のあるなしが反映していた、といえる。

しかし、昔は庄屋様でも、今は普通の農家だったりすると、その戒名によるお布施が負担になってしまう。
その場合、戒名はそのままで、お布施を気持ちで(可能な範囲で)いただく、というふうにしている。

法要も、初めは見習いのつもりで脇に副住職を置いて2人でやっていたけれど、戒名・お布施に関係なく原則として2人で勤めるということにもした。
これも逆に不公平か?とも思うが、きちんとする葬儀の良さを感じて欲しいと思うから、しばらくこの形にしようと思っている。
それなりの額のお布施をいただく以上、より良い葬儀というものにしたい、という思いもある。

葬儀をやるかどうか迷っていた、というお施主さんが「やって良かったですよ」と仰ってたのが嬉しかった。
家族3人に、僧侶2人だった。(^^)

ウチのお布施を話したら「それでいいんですか?」と、にわかには信じがたい、というかたもいた。
親戚の葬儀では、ものすごく高額だったという。
「戒名料」が毎回発生するんだそうな。それも高額。

これも以前から問題になっていること。
「イオンの定額お布施」に文句を述べた全日佛の「弱いところ」が正にここにある。

定額化に抗議するなら、一方では「内」に向けて法外なお布施にも注意するべきだろう。
それが、仏教会全体に向けての批判になっているのは、今に始まったことではないのだから!!
それができない全日佛には、イオンに対する抗議をする資格があるか?・・・ということだ。
ここの自問自答が無いのはおかしいだろう。・・・と思うよ。

そういう強気のお寺もある。
明らかに贅沢をしている寺を見ることもある。

寺は、贅沢はできない、と言われてきたから、そういう寺には強く違和感を感じる寺もある。
ワタシの祖父が、親類の歯医者にカラーテレビがいち早く入って、それを見て「いいな〜」と言い、ホントは買えたんだけど、この辺で一番に買う訳にはいかない・・・とい言って、買えないまま亡くなった・・・と母が言ってた。
カラーテレビを入れると「アンテナが赤くなる」という悪行をメーカーがしたからねぇ〜 (^^)

外車にも乗らない。
・・・これもしばらくは不文律だったと思う。

お布施をいただく以上、贅沢はできない。・・・そういう教えを受けていた。

寺に生まれて、生きているのは、お布施のお陰。
生かしていただいている。

それは、葬儀などの故人・先祖の弔いと供養を任されているから。
それをお役目としていただいているから。
この気持ちを大切にしなければならない。

檀家さんがあって、寺がある。
お布施と、寺と檀家さんというもには、こういう繋がりがあって成り立っている。

お寺は、こういうことで存在しているのだ。


話がどんどんズレてゆく(^^;)

・・・ので・・・続く

・・・また〜?!






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