「鎌倉期の密教文学」

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東京別院・真福寺にて、智山勧学会主催「智山談話会」
髙橋秀城先生による「鎌倉期の密教文学」というテーマのお話。

ホント、文学をされる方は尊敬する。
「この作品のこの部分は、あの作品のあの部分の引用である」とかいうことは、とにかく、あらゆる作品を読んで、それが頭に入ってないとできない。
例えば『弘法大師著作全集』とかを見ても、引用の指摘とかが沢山出てくる。
それは、その時代に弘法大師が読まれたであろう本を読まねばできないことだ。

今回のお話でも、そういうことが多々ある。

髙橋秀城先生は、実は同じ栃木の方なのだが、平安時代から鎌倉・南北朝・室町・戦国時代の日本文学と仏教思想の影響関係について研究をされている。
特に真言宗智山派の僧侶としては、中世文学作品と密教思想との交渉に焦点を当ててこられた。
日本の中世という時代は、まさに文学が密教に影響を与え、密教が文学に織り込まれることによって、新たな展開を見せた時代といえます」・・・という。

明治から昭和初期における我が宗の教育機関では、相当数の文学作品を読むことが課せられていたのだという。
僧侶としての素養、教養として必須の物だったということだ。
おそらくこれは、どの宗派にも言えることだと思う。

江戸時代は「寺子屋」があり、一般の子供たちの教育機関でもあった。
当然ながらヨーロッパの文化は一部にしか入っておらず、大部分は、国語や中国の文化を学んだのだろう。
中国ものものは『論語』などであったり、漢文・漢詩を学んだのだ老子・・・いや、ろうし、日本の古典を学んだのだろう。
一般に開かれた「知」の詰まった所、という感じだったろう。

落語の『寿限無』だって、名前を付けてもらいに行くのは、お寺の和尚さんのところだ。
そこで和尚さんが言うのは「五劫の擦り切れ」だったりする。
・・・あ、これも、仏教の影響か。
そういえば、落語には仏教に関する話が多く出てくる。

「おれァ、じっかいの身の上よ」
「なんだそりゃ?」
「二階に厄介になってるからねぇ〜」・・・とか。

これは、普段からそういう話を皆がよく聞いていたから、みんなの共通の笑いになる。
だから、昔のボーサンは、よく布教していたんだろうな〜とも思う。

話がズレた・・

我々の学ぶ所も大学となって、その現在の大学というカリキュラムの中では、広く浅くというような物になってしまっている感が否めない。
その、明治から昭和初期までの智山派のカリキュラムを見ると、およそ5年間の間に、実に多くの日本・中国の文学作品を読んでいる。

今は、これだけの作品をじっくり読み理解するということに重きを置かれていない、という気がする。
俯瞰的な視点で、東洋・西洋哲学やらから仏教の思想をみる、というような勉強の在り方だったり、確かに勉強すべきものも、やり方も変わっているということもあろうが、この「ちょっと前」のカリキュラムには、改めて考えさせられた。

平安Macから・・・いや、平安末から、室町を経て、鎌倉にいたる間は、文学にも仏教の影響が大きくなってくる。
というか、社会全体に影響が大きかったのだろうと思う。
寺同士の争いも多く、まさに「この世の地獄」というか「この世が地獄」という状態。
まさに「末法思想」の風が吹きまくっていたであろう時代。
源信の『往生要集』などの著作が切っ掛けになったのだろうと思うが、平安末期の末法思想の嵐が、鎌倉仏教が花咲くが如く生まれ出でた、その長い助走路であったといえるだろう。

鎌倉時代になると、一揆なども多かったようだけれど、戦は武士のもの、という感じになったのではないだろうか?
何だか分からない混乱、という状態からは脱したということかも知れないと、私は思う。

明恵、貞慶、法然、親鸞、栄西など、皆、平安から鎌倉にかかる僧たちだ。
それぞれが、自分に合った「法」を求めるというような方向に歩み出す。

ボーズ自らが末法の世を作っていたような時代に、仏教は木っ端みじんに壊れてしまい、鎌倉仏教の祖師たちは、その欠片を拾った。
ソレを集めて、自分の仏教を編み出した。
それは仏教がぶっ壊れていたからできたのかも知れない。
松岡正剛さん風に言えば「編集」した、のだ、と。

この頃の仏教そのものが、文学のようなものだったのかも知れない。
多くの「経、律、論」を咀嚼・解釈して「自分の仏教」を見つけ出す、あるいは生み出す。
その作業は文学を生み出す作業と似ているのだはないだろうか?

それは、自分の文学に、古典を引用するのと同じような行為と言えるのではないだろうか?
実際に、鎌倉仏教の祖師方は、その宗教観(仏教観=私の仏教)を文章にしている。

僧言えば、鎌倉仏教の特徴は「祖師の書いた物を法会・勤行等で読む」ということだと仰ったのは、現・智山伝暴飲、いや、伝法院の宮坂院長だったと思うが、伝統的既存の経典より、祖師の著作が重んじられている気配がある。
天台、浄土、真宗はそういう感じがする。
曹洞宗の道元さんは「不立文字」と言いながら『正法眼蔵』という大著を成された。

勿論、平安仏教である真言・天台も、空海さんも最澄さんも、大いなる著作を残されているが、この点が、それ以前の、つまり奈良仏教とは違っているのかも知れない。
空海さんも最澄さんも、求めたのは「私の仏教」というものだったのではないだろうか?
奈良仏教は、国立大学であり、それは既存の経・律・論を勉強し、論じる学問だったけれど、空海・最澄両人は、最終的には自分が求めるものは何か?ということだったんだろうと思うのだ。

また、僧侶が文学作品を残していることも多い。
この辺は、分けようとすると、区分が難しいのだろうと思う。
一般的な「文学作品」というものと、仏教の教義を書き込んだ物・・・文学寄りか仏教寄りか?

「仏教的」文学作品といえば『方丈記』などはその代表であろうし『平家物語』などもそう。

西行法師のように、和歌に教義的なものを織り込んだ文学作品も多い。
西行法師の和歌は、作品としても良いが、読み込めば、巧みに教義が読み込まれている。
そこに才能が込められたわけだ。
自身も「自分が読み出す言句は、皆真言である」というようなことを言ってるんだそうな。

まぁ我々が唱える「真言」というものも、その意味を見ると「大いなる宗教的言葉」というものでではなく、たいそうなことを言ってるワケでは無い。
だからなのか、我々はその意味を説くことはするな、と言われ、ただ唱えることのみに集中するワケだが。
西行法師の和歌には、実に巧みに仏教、特に密教の教えが編み込まれている。

明恵上人の和歌も有名だが、上人は『四座講式』というものを書かれた。
これは、お釈迦様の涅槃の様子から、その弟子たちによって仏法が広められるということを書いた物語のようなもの。
これは「四座講式」という法会で読まれるもので、一般的には知られていないが、文学作品として評して良いと思う。
元は解脱上人・貞慶さんの「舎利講式」に習って作られたものだが、これ以降、宗派を問わず「講式」が作られた。

高野山にある講式の目録を見ると、おびただしい数があり、文学の話を伺っていると、もしかしたら、講式の式文という「形式」で書かれ、法会に使われないものもあるか?・・・とも思えてくる。

でも、やはりこれは「講式」という法会に読まれたものであろう。
おそらく、式師という読む人か、導師とかかが法会の度に書いたのか?、あるいは偉い人とかが代わる度に書いたのか?
とにかく、頻繁に書かれたのだと思う。

法会の意味などを語った表白文は、その都度書かれたものだったのだろう。
今も、僧侶の葬儀の嘆読文(亡くなった僧侶の経歴・人柄を語る)は、導師がその都度作るものになっている。
同様に、本来なら我々も葬儀の時に読む嘆読文(引導文)は、その都度作るべきなのに、ついつい定型文を用いている。
きちんと毎回書かれている方もおられるが・・・。

こういう法会のみに用いられるものは、当然、一般に広まってはいないので、文学作品とは言いがたいかも知れないが、とにかくこれも数多作られていた。

今は、講式も、表白も、和讃も、論議すら「定型文」になってしまっている。
奈良の薬師寺の論議も「暗記」になっているという。

祭文も、表白も、講式も、定型化してから、音階がついて、声明的になっているが、あれも、本来は「語った」ものの筈だ。
記録され、定型化されて、文学作品になったのかも知れない。

そして・・・
こういうのを作る時に、文学の素養が必要だ、ということ。

和歌を読むときなどには、どれだけの知識があるか、という自慢にもなったのだろうと推察する。
そういう学問は、たしなみでもあり、必須でもあった、ということだろう。

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今回の先生の講義は、以前、金沢文庫で聴いていた。
その時は「説草(せっそう)」についてだった。
説草というのは「説法の草稿」で、説法の下書きのようなもの。
ウチの宗派では、大般若という法要で導師が唱える(読む)ものを「説草」という。
なぜそう呼ぶのかが分からなかった。
この前の智山講伝所の阿闍梨さんの講習会でも聴いてみたが、ソコについての伝は無いようだった。

今回のレジュメの中に、説草の影印があり、そこに「表白」とかかれたものがあった。
表白も導師が法要に際してその都度作る物だったのだろう、ということが分かる。
大般若では、導師が大般若の功徳について述べる部分が重要なポイントになるが、それも、導師が自分で作ったのだろうと思える。

本来は説草を元に導師が語るものだったのが、定型化して、その作法全体を逆に説草と呼ぶようになった、というか?・・・というのが、今までに分かったこと。

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ところで「コロナ対策」で講師の席はこんな有様。

ここまで必要か?・・・と思うが、とにかく、やるべきことはやっておかないと・・・というのが「今」。




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