小銭貯金と、歳末助け合いと・・

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前にも書いた「小銭を持たない貯金法」で、またそこそこ貯まった。
今回は、そもそもコロナで出かけない、買い物しない・・・ということが続いたので、貯まるのに時間がかかった。

いつもなら「カメラ貯金」と言いたいところだけれど、そもそも皆さん大変な時に「カメラカメラ〜」などとノーテンキなことも言ってられまい、という意味もちょっとあっての「買わない宣言」を継続ちうなわけでありまして・・・え〜、今回は、偽善者となって寄付すっかな・・・と。

とはいえ、どこに行くんだかワカンナイ物に寄付するより、わかる所に、ということで、宇都宮仏教青年会の「歳末助け合い」に半分ほど寄付することにした。
他は、ネットで見つけたところ数カ所にする。
これも、Facebookにあった所に寄付すると、違うのがいくつか出てくる。
買い物すると、関連する商品が出てきて「コレを買った人は、これも買ってます」みたいな感じ。
「ソッチに寄付したんだから、コッチにも寄付して、お願い」という感じで出てくるのだ。
佐渡島のホテルに泊まった翌朝、車で出ようとすると、海産物を持って群がってくるおばちゃんか、インドで出くわす物乞いの子供を見るようで、そうなるとその気が失せそうになったりもする。
なんか「ホントか?」という気にもなってしまう。

そういえば、10万円の給付金は、私と同じ歳の夢の車を維持し続けているある方に、車検代の足しに、と差し上げた。

外野は「夢だ、夢だ」と勝手にいうが、その夢を維持するにも、そこには維持費という「現実」があるのだ。
その「現実」を一手に背負っている夢の車のオーナーは大変だと思うので・・・

宇都宮仏教青年会の「歳末助け合い」事業は、もともとは、お寺に集まる盛り籠の品やお歳暮の品などを持ち寄って、仏教系の施設などに持って行こう、ということから始まっている。

以前は、缶詰が沢山が集まったが、いまは、盛り籠も調味料中心になってしまったし、そもそも、盛り籠が並ばないし、故に、我々が盛り籠をいただくことも少なくなってしまって、物が集まらなくなっていたところに・・・
コロナ禍で、歳末助け合いの事業そのものができなくなって、今年は物でなく、金銭にしようということになっていた。

恐らく集まりが悪くなってるとも思えるので・・・寄付させていただいた。
これは「行き先」がハッキリ決まっているのがいい。

宇都宮仏教青年会の「歳末助け合い」は、テレビの「ぶっちゃけ寺」で名を馳せた、宇都宮の光琳寺の副住職のお父さん、つまり、前住職(住職交代したので)が、クリスマスばかりが世間に広まってるのはイカン。
仏教もなんかやらねば!・・・という思いで、青年会を起こして始めたらしい。
「お寺おかずクラブ」とか、お寺に集まる食べ物を施設に配ろう、ということは、現在あちこちで行われているようだけれど、その「ハシリ」と言っていい。

私も宇都宮仏教青年会の会長を2期、6年やってたような記憶がある・・・(遠い目・・)

その頃は、果物の缶詰が圧倒的に多かった。
1カ所の施設に段ボール箱3〜4箱とか配ったものだった。

今はホント「葬儀の後に盛り籠をひとつお寺に持って行くんだよ」という習慣もなくなりつつあるし「そもそも葬儀に盛り籠を贈る」という習慣すらなくなってしまいつつあるわけだ。

良いのかな? 仕方ないのかな?


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