葬儀中の棺の蓋についての一考察

最近気になっていたのが、昔は、葬儀式の最中に棺の蓋は開いたいたのではないか?
・・・と思ったのだけれど・・・

さて、どうだったか?・・・記憶に無い。

なんでこう思ったかというと、最近の葬儀の流れとしては・・・

・通夜や葬儀の開式前
 →→蓋が開いていて、みなさん故人のお顔を見てお別れする。

・通夜・葬儀式中
 →→蓋が閉まっている。

・葬儀式終了で蓋を開けて花を入れたり、お別れする

・出棺するという段になって蓋をする(釘を打つ)

最近、この「釘打ち」を略す葬儀社が多くなった。
その際「施主様の希望で釘打ちはせず、蓋閉めを持って釘打ちに換えさせていただきます」というのだけれど、その「施主サンのせいにする」のはやめなさい!と思う。それなら言うな、と強く思う!

蓋をしたら釘を打つでしょ、普通・・・と思う。
移動するんだし。

蓋をして釘を打つというのは「お別れ」の大事な作業だと思う。

蓋をして、釘を打つという作業こそ!が大事な「お別れ」で、ここで「本当に諦める!」ということなのだ、と思う。
しきたりにありがちなダジャレで・・・
「これは気持ちにクギりをつけるんですよ」とか言えばいいかな〜?

蓋をすることで、故人が「亡骸」になるのだと思う。
魂が抜けた抜け殻だ。
それを箱に収めて「物」とするから、埋めたり燃やしたりできる。

諦めて、その気持ちを静めながら火葬場に行き「物」として火葬する。
だから、火葬場で「最後のお別れ」と言って顔を見るのはよろしくないワケですよ。
だからこそ、出棺の前に「蓋をして釘を打つ」ということが重要だというワケです。

・・・という話をよくします。

さて、葬儀の最中に蓋がしてあるのは、引導にとってもよろしくないので、ワタシは(だいたい30分前くらいに)葬儀場に着いたら、まず祭壇に行って、法具を並べて、棺の蓋が開いているウチに「引導作法」をしてしまいます。
副住職と2人の時は最初の読経を副住職がしている時に引導するのが一般的なので、ワタシも同様にやっていますが、その時は、大体蓋が閉まっています。

我々の引導というのは、故人に「印と真言」を授けて、出家者にするという儀式なので、本来蓋が開いていないと具合が悪いのです。
生きている、と仮定してやってるようなものなのです。

そこで、昔はどうだったんだろう?と思ったのですが・・・

ワタシが葬儀をするようになった頃のことが分かっている人も少ないでしょう。
Twitterで訪ねてみましたが、分かるヒトはいませんでした。

PB041358.JPG
僧言えば・・・と古い写真を漁ってみたら、祖父の葬儀の写真がありました。
上の写真です。およそ50年前です。
だいたい、葬儀の写真なんて撮らないものだから、一般の葬儀の写真など無いのが普通です。

これは葬儀式中か前の写真で、棺が祭壇の一番上に乗っています。
そうか一番上だったか・・。
今では、寺の本堂で住職などの葬儀を行なう際にも、だいたい棺は一番下ですから、この辺にもやり方の変化が見られます。

ワタシが小さい頃には、龕箱(がんばこ)という、棺を運ぶ物があって、輿(こし)の状態になる。
これが「お宮」の形になって、大八車の上に乗って、自動車ができたら自動車の上に乗ったのが、いわゆる宮形の霊柩車。
葬儀の式場にお宮があるのは、その名残りであるわけですな。
・・・と思ってるのですが、最近自信が無くて・・・
葬儀の時に、輿は別に用意してあったのかも知れない。

簡単なベニヤで作ったような「宮形」の輿があって、そこに棺を入れて葬儀をやっていたろうか?

出棺ではそれを担いでお墓に行って土葬して、土を盛った上に、その輿を置いてきた。
だから、埋葬がされたお墓には宮形の輿がしばらく乗っていた。
ソレを子供の頃はよく見ていた。
おそらく四十九日までそうしていたのだろうと思う。
四十九日にお墓参りして、お膳を処分したりしていたから。

さてさて、そうすると、ワタシの最初の疑問「葬儀中棺の蓋は?」というのは「閉まってた」が答えとなろう。

「引導」あるいはそれに変わるようなものには、各宗派にそれぞれの概念・理屈・修法があるので、ナンとも言えないが、まあ、葬儀が儀式化してから、既にそうなっていたのだろうと思う。

PA210373.JPG
この写真は何だろう? 何も乗っていないようだし、本尊様の前の白布が無い。
出棺後、戻って初七日、という準備の状態だろうか?
いや、祭壇の飾りが葬儀式の時のものと同じだから「出棺直後」ということだろうか?

PB041355.JPG
なんと、棺はリヤカーに載せての出棺。
「大僧正」もリヤカーとは・・・!(>_<)

龕箱(輿)に入れて運んでないのは、火葬だからだろうか?
土葬は輿に載せてで、火葬はそれをしない?

PA210375b.jpg
これは何だろう?
祭壇が違っている。
ご本尊前に白布があり、一番上に龕箱のようなものがある。
形としては、座棺用の縦型に見えるが、小さい。
後の写真でお墓に置かれているので、火葬後、骨壺をコレに入れた、というものかと思う。
葬儀式の時の盛り籠とかが無くなり、祭壇を直したような感じ。

もしかすると、火葬場に行くのはまだ葬送の「途中」で、火葬してから輿に入れて運ぶのがホントの葬列、という認識でもあったのかも知れない。

葬儀の看板が「敬弔送○○○之霊柩」というのも「敬って弔送する○○○の霊柩」ということ。
霊柩を送る、ということが葬儀式の名前だったということなのか・・・?

PA210376.JPG
上の写真は墓に埋葬した後「四十九院」という塔婆を並べたものの中に龕箱の如きが置かれている。
この形でしばらくココにあったのは覚えている。
葬儀・火葬の後、初七日の法要を本堂でお勤めして、ここに埋葬したのだろう。
骨壺のまま土に埋めていたようだ。
煙は何?
線香を点けた火か? 何かしきたりだったのか?
今はウチの辺りでは使っていない「七本塔婆」も見られる。

Z62_1576.JPG
これは、16~7歳で亡くなった中学の時の同級生の葬儀。
初めての同級生の死、というものが理解できなかった。
「チクショー」と言いながら、撮っていた。

お宮が一番上に置かれて、棺が下になってる。
ウチの祖父のが(寺の葬儀ということで)特別で、一般にはこれだったのか?
この間、10年の開きは無い。

僧言えば・・・
いつだったか・・・「あいつの三十三回忌か」と思ったことがあったが・・・
いつの間にか、五十回忌にならんとしている・・・








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この記事へのコメント

まさ
2021年11月13日 10:22
こんにちは。

すみません、記事とは関係ないんですが寺サポートの大野雅仁という方をご存じでしょうか。

真宗お東の僧籍を持っている?ようで神戸で全宗教合同で祈りのイベントなどやったり、お寺の退職金制度作り、寺族の積立保険(この時代に運用実績がダントツでいい?あったら他もやってるでしょ)みたいな話で知り合いは、詐欺師と言い切っています。


onosan
2021年11月13日 11:20
1976年2月29日(日)雨が降る閏年の日だったね。この日の写真があるのに驚きました。
三日ボーズ
2021年11月13日 17:26
まささん・・・
その方は、ワタシのFacebookのタイムラインでお見かけしますが、詳しくは知りません。
三日ボーズ
2021年11月13日 17:28
onosanさん・・・
そうだったですか。詳しいところは忘れてしまってました。
「忘れないぞ」という思いで撮った写真だったんですが・・・
ひるのいこい
2021年11月13日 22:06
そういえば うちの祖父(昭和で没)の頃は最後に釘打ちして火葬場で窓だけ開けてお別れしてましたね 小学生の死は怖いとその後のお骨上げでしばらくトラウマになりましたが。 うちの母親とか叔母の時は釘打ちなし。金属は炉を傷めるのと有毒ガスがという事で眼鏡すら入れさせてもらえませんでした。
三日ボーズ
2021年11月13日 22:44
ダイオキシン問題でうるさくなってるんでしょうか、ね?
眼鏡なんか、火葬場の火力だと一発、問題無いとおもいますがね〜。
クギも形だけの1本か2本ですからね〜、問題無さそうですが・・。
実は、釘打ちは時間が掛かる、という理由もあるんだとか。