歳末別時念仏会、お滅灯・一ツ火

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タイトルにある「歳末別時念仏会、お滅灯・一ツ火」は、この順番になってる、ということでもある。
まず「歳末別時念仏会」があって、その最後に「お滅灯」となり「一ツ火」となる。

ちなみに遊行寺様のHPを見ると、行事名に「御滅灯(一ツ火)(おめっとう/ひとつび)」とあり、そこをクリックすると「歳末別時念仏会」と出る。

まず「別時念仏」というものがある。
これは、浄土宗でも行われている一遍的な・・・いや、一般的なものであり、例えば、祖師の命日・彼岸会などに当たって一定の期日(1日、7日、10日、90日など)を定めて集中して「念仏三昧」をする修行のこと。

禅宗でも、例えば12月1日~8日まで坐禅三昧の「臘八摂心会(ろうはつせっしんえ)」をやるのと同じようなものか。
常に座禅をしているが、特に集中して座禅をする期間があるのと同様、常の念仏ながら集中して念仏をする別時念仏、という感じ?
それを年末に行うから「歳末」が付く。

本来は12月末に行なっていた行事だったという。
元々は、12月24日から30日までの七日七夜に行なうものだった。
それを毎年11月18日~28日に移動したのは昭和5年からだという。

この「お滅灯・一ツ火]は、大晦日の行事だったということだ。
なので、まあ「1年間の罪障を懺悔して心身共に清浄になって、新しい年を迎える」ということを言うところだろうが、そういう修行をしなくても良いのが浄土の念仏だと思う。
念仏を唱えることが全てであろうが、ここには、僧侶が変わって修行をするという概念もありそうだ。

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もうひとつの意味は「火」である。
本堂内陣には和蝋燭と、このような灯明がある。
比叡山の「不滅の法灯」も同じものだ。

私は、こういう物がどの家にもあって、昼間も火があったと思うのだ。
火が必要な時に、いちいち火打ち石を使うのは大変なことだったので、家のどこかにこのように火を保っていたのではないか、と思う。
「不滅の法灯」ではこの油を絶やすと大変なので「油断」という言葉があるという。

「お滅灯」というのは、堂内の一切の火を消す、ということ。
そして「一ツ火」というのは、そこで火打ち石を使って1つの火を起こす、ということになる。

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この「お滅灯・一ツ火」という法要は・・・いや「法要」という感じがしないが・・・元々は外で行なわれたものだという。
一遍上人が遊行先で行ったのだと伝えられているそうな。

だから、正面の本尊前に、あたかも本尊を隠すかの如く「南無阿弥陀仏」と書かれた掛け軸が掛けられている。
これはよく見ると「鳥居」の形をしているところに下がっている。
これは行き先の神社の鳥居に「南無阿弥陀仏」の名号を掛けて本尊としたということだろう。

現在は、歴代のお上人が書かれた名号が掛けられている。
真ん中が現在のお上人様のもの。

本堂の内陣が、報土(極楽浄土)と穢土(えど・現世)に分けられる。
境目に12個の箱「十二光箱」が置かれる。灯明などが載せられている黒い台のようになってる物。
旅の道具が入れられたものであり、道場においては僧尼の間に置いて愛欲の戒めとした、という。
箱の中央に白線があり、その両側を赤と青に塗っている。
これは「二河白道」を表す。

唐の善導大師によれば、この世と浄〜土の間〜には〜〜、深くて暗い河が・・・ぢゃなくて、火の川(愛欲)と、水の川(貪欲)があり、行者はその中間の細い白道(念仏)を行き往生するのだ、という。

歴代上人の名号軸の前に灯台がある。
これが別時念仏修行中の本尊阿弥陀如来を象徴するものである。

名号軸の向かって左端に、御簾が掛けられ、隠されている軸がある。
熊野権現のご神体が描かれているもので、法会の間は、チラ見せ、になる。

その前の箱には、歴代上人の遺品とか、宗門で大切にする物が入っていて、滅多に見られないらしい。

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名号軸の向かって左奥にお上人が座られる。
軸の前、黒い箱の間が「極楽」ということになる。

名陣の縁には12個の灯台が置かれ、その前にその灯火を守る役の人が座る。
壇信徒から選ばれた方である。
灯台の下に名前が記され「3回目」とか書かれていたりする。
この12の灯明は、阿弥陀様の12の姿「十二光佛」を表している。

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内陣とは反対側、外陣の戸口の辺りに白い塔の様な物が立つ。
その後ろの欄間に軸が掛かる。
そこにはお釈迦様が描かれている。
この白い塔の上に灯がともる。後灯という。
これが、お釈迦様の光明という意味合いを持つ。
内陣の浄土に対して穢土、娑婆世界を表している。
お釈迦様は現在佛という考えだ。

内陣の阿弥陀様の灯明と、この後灯には、それを守る役目の僧侶がいて、報土役、後灯役という。

この法会は、法要ではあるけれど、お経を読むということがメインでは無い。
この法会で唱えられるのは、ただ「南無阿弥陀仏」。これだけだ。

法会は、ひとつの芝居のように進行する。

境内の梵鐘が鳴ると法会が始まる。
遠くで静かに厳かに太鼓の音が聞こえる。しんしんと雪の降る様を表している。
僧侶が入堂し、引磐に引かれて十二光仏の役が入ってくる。

お上人様が座られ、静かに、低く、念仏が唱えられる。
その前の道をホウキで掃く。
雪が積もっているから、その雪を掃く。

「報土入り」(詰時・つめじ)が始まる。
詰時というのは「詰時衆」の略で、時間で交代奉仕をするという意味。

信仰役の番帳役が「1番の詰時ぃ〜〜〜○○阿弥陀仏○○〜〜」と声を張る。
僧侶が立ち、お釈迦様と阿弥陀様に五体投地の三礼をする。
ここで十二光佛役の名前3人づつ呼ぶので、その代表で報土入りをする、ということなのだろう。

お釈迦様に見送られ、阿弥陀様に迎えられて極楽浄土に入る。
報土入りの僧侶はツボミの蓮の花を模した持蓮華を手にしている。
まだ悟りが開けていないということだ。

僧侶は、念仏が唱えられ続ける中、報土から報土へと敷かれたゴザ、すなわち「白道」に入り、先へと進んでいき遊行上人の前で結跏趺坐(けっかふざ・座禅)念仏三昧に入る。

ここで唱えられる念仏が「アミ引きダ張り念仏」というらしい。

お上人の打つ鉦の音で「アミ引きダ張り念仏」が止まり「ナミアミダ、ナムアミダ、ナ〜ム〜ゥア〜ミ〜ダ〜」と、ほぼ桑田佳祐・作「あみだババァ」の節で唱えられる。
お近くに住まわれていた桑田佳祐さんは、これを聞いていたのではないか?と、私は勝手に思ってる。

お上人が座禅する報土入りに「ナムナムナム・・・」と「お十念」を授ける。(=往生回向)

つまり「往生して阿弥陀様のお十念をいただき、無事往生成佛した」ということなのだろう。
そして、再び娑婆世界に戻り、衆生を救済する。(=還相回向・げんそうえこう)

そして、また、次の詰時が立ち、これを繰り返す。


(続く)













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