ようやく、彼岸花の咲く彼岸・・

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お彼岸ももうオシマイ、という頃になって、ようやく彼岸花が咲く。
今年は遅い。

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いつも、必ずお彼岸中に咲くのが、遅れて、どうなるのかと思いきや、ギリ、です。

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ニコンの色がなんか艶っぽくて良い感じ。
これはちょっと黄色っぽいけれど・・晴れたのはイイ。
今の画像エンジンの色、ということだろうか?

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今年、誰が言ったか「迎え彼岸」と「送り彼岸」というのを初めて聞いた。
勝手に色々作らないで欲しい。
実際、入りの日と、明けの日にお墓参りが多いような感じもする。
それは思い違いですよ〜。

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「初彼岸」という言葉も聞こえてくる。
まあ、誰か亡くなって初めての彼岸ならそういってもおかしくはないが・・・何か特別なことはない。
彼岸は、亡くなったかたはカンケイナイ。
生きている人の問題、ね。

彼岸の行事は日本独自のものでインドや中国の仏教にはないことから、民俗学では、元は日本古来の土俗的な祖霊信仰が起源だろうと推定されている。五来重は彼岸という言葉は「日願(ひがん)」から来ており、仏教語の「彼岸」は後から結びついたものであるという。
・・・とWiki先生は仰っておりますが、これはどうか?と思う。
「インドや中国の仏教にはない」という、仏教の観点から言うのはおかしい。
「先祖」という概念がインドや中国にはない、というだけのこと。

春分秋分という認識は、全世界的にあったものと思う。
そこに、どういう風に仏教の理屈が乗せられてきたか・・・?

遡れば806年(大同元年)に、崇道天皇(早良親王)のために諸国の国分寺の僧に命じて「七日金剛般若経を読まわしむ」と『日本後紀』に記述されていて、これが日本で初めての彼岸会であると言われている。
故人の供養という意識がどいうかたちでどれだけあったか分からないが、追善供養的な意識だったのだろう。
いや「追善」は無いかも知れない。

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春分秋分という認識は古くから世界的にあった。

太陽が真西に沈む。そこは阿弥陀様の極楽浄土である。太陽が極楽を指し示して沈むから。という浄土教由来だとすると、六波羅蜜の修行ということは無くてもいい、ということになるのではないか?・・とワタシは思う。

六波羅蜜。それは、覚りへの手段である。
その「出家の修行を一般ピープルもする期間」というコトの方が古いと思う。

彼岸とは覚りの世界。覚りそのものと言っても良い。
「波羅蜜」は、サンスクリットの「パーラミター」。「至彼岸」と訳されている。
「パーラミター」は「完全・最高」という意味もあり、それが「覚り」と同義となる。
「波羅蜜」が覚りへの手段・方法だとすれば、それをしよう、という「お彼岸」という存在は、阿弥陀経の理屈より先と思える。

極楽も「彼岸」には違いない。「覚りの世界」でもある。確かに。
でも、そうであるなら、念仏だけで良いのではないか?、ということになる。

浄土宗の公式HPには、お彼岸を「極楽へのあこがれを起こす日」として・・・

「 この一週間は、中日の前後3日間に 布施 (ふせ) (めぐみ)・ 持戒 (じかい) (いましめ)・ 忍辱 (にんにく) (しのび)・ 精進 (しょうじん) (はげみ)・ 禅定 (ぜんじょう) (しずけさ)・ 智慧 (ちえ) (さとり)という六波羅蜜 (ろくはらみつ) 」(六つの正しい行い)をあてはめて実践し、 煩悩 (ぼんのう) の川を渡り、極楽浄土へ生まれかわりたいと願う信仰実践の期間とされています。

・・・というけれど、それを「念仏だけいい」というのが浄土宗なんじゃないんケ?・・・と思う。

そして、日々念仏をしている人に対して「極楽へのあこがれを起こす日」というのもヘンだと思う。
「失礼じゃね〜んか〜?」とも思う。

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ニコンD7500+70-200mmF4で撮ってみる。
Z 6と同じような色味なので、これは、最新エンジンのものなんだろうと思う。
良い感じ。

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