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zoom RSS 久々に自宅葬

<<   作成日時 : 2007/10/04 23:52   >>

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本日、久しぶりに自宅葬をお勤めした。
ウチのような田舎寺でも昨年(お盆からお盆までの)1年間自宅葬はなかった。2年ぶりくらい、いや3年くらい無いかも知れない?
家族・親族7・8人だけで、アパートの一室だった。

昨日のお通夜も、布団に寝たご遺体が目の前にあるような形で、枕経のような感じだった。
目の前にいらっしゃるこの人のためにお経をあげるんだ、という気持ちが起こってくる。

勤行式という、一般の方々と一緒にお唱えするお経を、故人と一緒に読むようなつもりで、通夜では読経の始めに読み、葬儀では、引導文の前にお授けするようなつもりで読むようにしているが「亡くなった人の為にお経を読むんだ」という気持ちが薄れていたかも知れない、ということに気づかせていただいた。

ホールでの通夜・葬儀では、お経もご詠歌も、いつしか家族・親族・参列者の皆さんに聞かせようという気持ちになってしまっていた。それも大切なことだと思うが、意識がそちらに傾いてしたと思う。

お顔を見られる時は、必ずお顔を見てから式に臨むようにしているが、決まった飾りつけのホールの、決まった席に座ってお経を読み始めると、もう棺に収まっている故人が見えなくなってしまい、それよりも「聴衆」に聞かせようという気持ちになってしまっているのではないかということを反省した。

ホールでの通夜・葬儀が当たり前になって、システマチックのような式に慣れてしまって、つい忘れてしまっていた葬儀の感覚、空気で感じるようなものを思い出させていただいた、私にとってとても有り難い葬儀だった。

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