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<<   作成日時 : 2011/05/17 00:00   >>

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写真は、先だっての「多氣山の大火渡り祭」における「報道」のカメラマン。
白衣に手書きの「報道 多氣山」がカッコイイではないの。

これ、1着もらって、撮影に来る度に「ご朱印」でも貰いたくなりますな。

私は、1回目から写真を撮りに出掛けているのだけれど、一応「改良衣」という黒衣を来て「関係者」をアピールしてはいる。

それにしても、この行事もカメラマンが多くなった。

正式に頼んでいるカメラもあるようだし、私も、法事が終わってからだったりして、確約できないので、おまけのカメラマン。
私なりの写真で記録できれば、と思って撮らせていただいているが、もう、やめようか、と思った。

「結界」の外から見ている人の中にも、カメラマンが多い。
折角来ているのだから、その人たちが写真を撮るのを邪魔したくないし、とか、気を遣っていちゃ良い写真は撮れない。

来年は、どうするか?・・・・やめるか?

やる方にまわる、ってのも手だけれど、年寄りは入らない方がいいか?

最近、イベントで写真を撮る人が激増したと感じる。

パンパラパンパンパ〜〜ン!「誰でもどこでもカメラぁ〜!」・・・ってなもんで、とにかく、デジカメになってから写真が身近になりすぎたかも知れない。

ケータイのカメラによって、いつでも・どこでも・誰でも・簡単に写真を撮る。
この「写真を撮る」という行為に、何のハードルも無くなってしまって、生活の一部、生理的な感覚に近い感じで写真をとる、という感じ。
子どもたちを見ていると、なんでも、ちょっとしたコト、モノをケータイで撮っている。

誰がどう撮っても、ある程度の写りを補償してくれるようになったのがデジカメ。

ソレまでは、写真を撮るということにちょっとはハードルがあった。
それが、今や、皆無と言える。
何でも、とりあえず、自分用の写真を撮っておく。それはケータイに入っていて、いつでも持ち歩け、いつでも見られる。
この写真の概念は、これまで無かったものだ。

それによって、身近で簡単、というより、当たり前の存在になったものの・・・・

至る所で写真を撮る人が増えてしまった。

特に、コンデジというやつは、ファインダーから目を離しても撮れる。
これが、とにかく曲者である。

いわゆるノーファインダーというのは、高等技術で、熟練したカメラマンが、時折やってみるもの。
それが、液晶モニターによって簡単にできる。

これが、どういうことになるかというと、写真を撮っていると突然ファインダーの中の絵に突然「にゅうっ」とデジカメを持った手が現れて写真が撮れない、という事態になる。
これは、プロの方も悩まされているのではないだろうか?
折角、撮りたい写真を狙って、場所決めをして、狙った瞬間を待ち「よしっ!」と思ったら、そこにデジカメが入っちゃった!!・・・ということが多々あるのではないだろうか?

「それ」も含めた絵を狙うしかないか、というコトもある。

写真が撮りにくい時代になってしまったと言えるかも知れない。

お気軽に写真を撮る人をダメとは言えないし、今回の火渡りでは、折角きてるんだからと、そんな皆さんの邪魔にならないように撮っていた。
結界の外から、一所懸命撮っている人も多く、そんな人の邪魔をしては申し訳ない。

ま、そんな気遣いをしていちゃ、良い写真は撮れない。

そういう場合は・・・やめちゃおう。

3カットくらい、どうしても撮りたいな、と思えるカットがあったら、それをフィルムで撮る、というような感じに変えよう、と思う。

「どうしても、これを撮りたい」という気持ちでシャッターを切ろうと、思う。

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