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zoom RSS 東京で、薬師寺法話会

<<   作成日時 : 2017/02/04 23:59   >>

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奈良の薬師寺の「花会式(はなえしき)」。行ってみたいと思いつつ、なかなか、足を運べませぬ。

3月25日から3月31日。このへん、結構アレコレあって、いつも忙しい・・・。

先だっても行った、銀座の「奈良まほろば館」。
ここでは、常に色んな講習会のような催しが行なわれています。
今回は、奈良の薬師寺から出張っていただいての法話会。
全3回。
ウチ、2回は行けそう、ということで、今回、の一回目。

薬師寺のご本尊様は、その名の通り「お薬師さま」。
この花会式は、本当は「修二会(しゅにえ)」といい、2月に行なわれるもの。
東大寺の「お水取り」も、同じ修二会。
東大寺の修二会が「お水取り」と呼ばれるように、薬師寺は「花会式」と呼ばれる訳ですね。
法要の形も同じ成り立ちで、「薬師悔過(やくしけか)」という法要です。
おミス撮り・・・いや、お水取りは「(十一面)観音悔過」。

「悔過」というのは、「罪や過ちを悔い改める」ということ。
・・・いや「悔い改める」というと、ちょっと違う感じがしますな。
なんでか?・・・「改める」必要があるか?ということ。
それは必要ない、と思うのです。
日本中の人々に代わってボーサンが、過ちを懺悔(さんげ)する。
ただただ懺悔する!・・・それが「悔過」だという感じがします。

今回の薬師寺のボーサンは、「歩きスマホはなぜしけないのか」という例えで・・・「人間はふたつの行動を正確にはできない」として・・・
「自分の行き方を振り返るためには、立ち止まって落ち着いた心で確認をする必要がある」と言っていました。

また「悔過というのは、過去の自分の行き方を振り返り、悪いところを直すこと」だ、と言っています。

この「悪いところを直す」というところに疑問を持ちました。
「悔過」というのは、過ちを懺悔するだけで、「改める」ということは必要ない、のだろうと思うわけです。
だって、「悔過」をするのは、他人である薬師寺のボーサンなのですから。

悔過の趣旨は、ボーサンが皆さんに代わって懺悔する、ということです。
そして、皆さんの幸せを祈願する、というもの。
国家安穏・五穀豊穣・万民豊楽。これを祈願する。
祈願をするためには、罪過がある身ではいけないので、懺悔する。

願い事をするために「お百度参り」をしたり「水垢離」をしたりするのも、同じイメージだと思えます。

でも、まあ、一般の参拝客や、こういう法話会に来る人などには、薬師寺のボーサンのような説明でいいのかも知れません。

名古屋方面のある高野山真言宗の、ネットでやたら偉そうにしているボーサンが、護摩の祈願をするのに、護摩木に、反省を書かせる、というのを聞いて、「なんやそれ?!」と思ったですが、彼は、こういうことを表面的に取ったのかも知れません。
しかし、護摩というのは、お不動様というのは、そんな中途半端なものではありません。
もっと、ダイナミックなものです。
悔過、というのも、ダイナミックなものです。

薬師寺のボーサンも言ってましたが、人間は間違うものなんです。
それを前提にして、悔過がある。
間違うから、それを年にいっぺん、ボーサンが代わって、まとめて、懺悔してくれる。
改める必要なんて無い。

改めたって間違う。過ちを犯す。

・・・そう言いながら、悔過とは「過去の自分の行き方を振り返り、悪いところを直すこと」というのは、矛盾しちゃってると思います。
そんなチマチマしたもんじゃね〜よ〜、というモンだと思うんです。

それは現在の一般の道徳であって、当時の仏教じゃない、という気がします。

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Wiki先生は・・・
悔過(けか)とは仏教において、三宝に対して自ら犯した罪や過ちを悔い改めること。更に悔過を行うと同時に利益を得ることを目的として行う儀式・法要などの行事の事を指す場合もある。その趣旨は『舎利弗悔過経』・『文殊悔過経』などに記載され、死語(後、ね)に地獄・畜生・餓鬼に堕ちることを欲しなければ、全ての罪や過ちを悔過しなければならないとされている。
・・・と言ってますが、これは違うでしょ。『舎利弗悔過経』・『文殊悔過経』というのは知らなかったですが、偽経じゃねーでしょうーか?
奈良時代に、こういう死後観があったかが疑問っす。

なぜ悔過をするか?ということですが、これは祈願をするためのもので、滅罪ではないと、思うわけです。

Wiki先生は「修正会」について次のように言っています。

日本においては、759年(天平宝字3年)以前から官立の大寺院などで吉祥天を本尊とする悔過会が行われており、767年(神護景雲元年)からは国分寺において吉祥天悔過会が行われるようになった。平安時代に入ると、827年(天長4年)平安京の東寺・西寺において薬師如来を本尊とする悔過会が行われるようになった。

この法会は、前年を反省して悪を正し、新年の国家安泰、五穀豊穣などを祈願するものである。期間は基本的に7日間であるが、寺院などによって期間が異なる。追儺式として鬼追式などが行われる。


前年を反省して悪を正し、新年の国家安泰、五穀豊穣などを祈願するものである」・・・という部分が大事なのであります。


・・・しかしながら、薬師寺のボーサンのお話しは、勉強になるのです。
なるほど・・・なのです。

自分の宗派の教義を突き詰めて考えているのでしょうが、その難しい部分はかたらず、簡単に例えて話す、ということがいいんだ・・・と改めて思います。

一般の方たちは、難しいことは要らない。
簡単な行き方の指針をいただければいい。

唯識に関することだって「え? そんなことじゃね〜べ」ということでも、いいのよね。
多少ズレた例えでも、それが、分かりやすい行き方の指針になれば。

ワタシは、つい正直に(単純に)難しいことを話しちゃってる、と反省しますた。m(_ _)m

それにしても・・・今回のボーサン。
ワタシを見つけて・・・「慈恩会にいらっしゃいましたね。あと、龍谷ミュージアムにも」・・・と言う。
ワタシ、マスクもしてたんですが、記憶に残る眉毛と目と眼鏡だったですかね。
あと、頭もか・・・(^_^;)







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