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zoom RSS 「いいね!」牧場・・・ww

<<   作成日時 : 2017/05/18 00:00   >>

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Facebookを見ていたら、こんな話が出てきた。

スマホ1万台を並べてひたすら「いいね」をクリックしまくる「いいねクリック農場」の闇が深い「こうやって工作してるのか」

YouTubeには「Chinese click farm」とある。言い得て妙。
「OK牧場」ならぬ「いいね!」牧場〜(^_-)

ネットでの評価が商品に影響したり、YouTubeとかもそう?・・・ネット評価を上げるためのもの・・・なんだそうな。

でも、これ、スマホ代と、通信代を使って・・・それで、代行する業者は、儲かるの?・・・と思ってしまう。

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・・・Twitter上にいろいろな、コメントがあります。

中国にある「いいねクリック農場」(SNSなどで特定のアカウントの投稿にいいねを押したり、ゲームなどのアプリをダウンロードして高評価するといった行為を自動で行っている)www 

ツイッターのいいねやフォロアーもお金を出せば買えるようです。特にアプリなんかは最高評価の数が売り上げに直結するみたいだしね。

いいねクリック牧場、ジョークニュースにしかみえないのだが

主人公たちが地下施設で見つける奴や

こんなことしてまでいいね欲しい?

たまにいるよねフォロアーが謎の外人ばっかりな人とか

いかにも中国がやりそうなことだわ(笑)

闇の深さでおなかが痛いww


先日、どこかのテレビ番組で、自分の生活を「キラキラ」にしたい、という思いから、「一緒になんかする」という代行業がある、という話をやっていた。

一日何時間が一緒にいて、どこかは行ったり買い物したりして、一緒に写真を撮って、SNSにアップする・・・という・・・世も末的な状況・・・が、あるらしい。

少なくとも、ひとつでもあるから紹介したのだろう。
ひとつでも十分。・・・オカシイ・・・

ネットと現代生活の「闇」、というか、「病み」が見える。

若い人は、ほぼみんながスマホを持っている状況なんだろう。
その目的の中心が、Twitterやら、インスタグラムとかなんだろう。

そして・・・「リア充」・・・だ。

本来は「リアルが充実」だろう・・・

それを、ウソでもいいから、「リア充」に見せなければならない、という心は、かなり、病的な域に入ってる感じがする。
自分が「つまらない人間だ」と思われたくない、という、ただそれだけ・・・か?
そのために、他人に頼んで、「ウソで装う」ということに、何の意味がある?
むしろ、その「ウソの現実」がずっとスマホに残るではないか?!

・・・それはどうなの?

そのウソは「自分がそうしなければならなかった」という負の心、負の自分がずっとスマホに残っている・・・。
それでは、余計に辛いのではないか?

「本末転倒」を絵にかたような話だ。

例えば、メールが中心だった時代にも、直ぐに返事が来ないのはオカシイ・・・という、おかしな感が広がっていた。

その後、おたがいの連絡ツールに「LINE」というものが生まれた。
そのまま会話しているようになってるツールだったけれど、余計に「直ぐの返事」を期待するようになる。
「すぐに返事」への要求が厳しくなった。
そのため、のべつスマホを見ていなければならない、というい強迫観念のようなものが生じる。

東日本震災の時、「LINE」を見たかどうか、というサインがあるといい、というので、できたのが「既読」だと聞いた。

これも、弊害が出て「既読」になってるのに返事が無いのは「シカトしてるのか?」ということになる・・・
余計に「返事」を要求するアイテムになってしまった。
故あって、加えられた便利機能であるはずなのに、それが、また、ユーザーの首を絞めるコトになる。
追いかけっこ、だ。

挙げ句、読んでも「既読」が付かないアプリができる・・・という訳の、もう、何だかワカラン状態に陥っている。

ホントに、ワカラン!

完全に、ツールに使われている・・・という感じ。
自分たちで、自分の首を絞めてる感じがする。

メールも無い時代を「最近まで」過ごしたオヤジとしては、「そんなモン、便利なように使えば良い」という突っぱね方ができるけれど・・・

生まれたときにはそういうツールがあった子供たちは、スマホがすべて。

コミュニケイションのほとんどはスマホ中心、という生活になってしまって、故に依存し、依存され、振り回される・・・んだと思う。

愚かなこと・・・という観点など持ちようが無く、ただただ追いかけられている感じ・・・が、ずっと続くのだろうか?

例えば、女子高生の話し言葉が、自分たちの世界を排他的にするという意識があってか無いのか知らんけれど、独自の言い回しが流行したり、メールの文字も、独自の打ち方が流行したりということがあった。

いずれも、私らから見れば、自分たちの「閉じこもる殻」を作るような行為だと思うのだけれど、永遠にそういうことを繰り返すののだろうか?

「血を吐きながら続ける悲しいマラソン」のように思えるのだけれど・・・


Facebookはオジサン&オバサンな感じがするけれど、それなりに「リア充」を楽しんでいる感じ。
食べ物や、日々の色んなモノを撮っちゃ〜載せる。
若者にくらべりゃ、カワイイもので、イッショケンメイ使いこなしている感じが多い。

機械を使うのが精一杯で、ツールに追われるようなことは無いのだろうけれど・・・

イデオロギーの押し売りが多いのは、メンドクサイ・・・

そういうのは、ブログででもやってくれ〜・・・と言いたい。

ウチには、右翼左翼、両方が入り乱れている。
これが、また、単純なイデオロギーごっこのノーミソが多くて、ウルサイ。目障り。

ワタシは、まあ、Twitter、Facebook、ブログを、その時々で使い分けているつもり。

Twitter、Facebookも、できるかぎり、見る人に何かを伝えたいし、見る人にとってなにかプラスになるものを、という気持ちではいる。

一応、すべてが自分の作品という意識でいるので、匿名では無く、Twitterも実名で書いている。
匿名で何か発言するという意識は無い。

ブログは、逆にシャレで匿名にしているけれど、調べれば分かるだろ、くらいのものにしている。
Twitterとは、リンクさせているし。

Twitterでは、時々、バカなヤツにツッコンでみたりするけれど、やっぱり、むなしさが残る。

でも、相手の言うことを上手く誘導して、「だから、それ、最初に俺が言ってたことやんか〜」というようなコメントを引き出せると快感だったりする。時々そんな遊びをする。
真剣にやると馬鹿を見る、ということは、「そもそもバカが相手なんだから」と、理解済み。

Facebookは、自慢大会にならないよう、なるべく「ネタ」になるようにしている。
自慢になりそうなものには、あらかじめ、【リア充日記】 、と入れて、自分を茶化すような「逃げ」を打ちつつ、でも、ネタになるようにはしているつもり。
この辺の塩梅加減が気をつけるところ。

若い女子は、自分の人生を、というか、生活を「キラキラ」させたい、という意識で、友達代行を頼むというのは、他人の目を気にしている、ということと、「隣の芝生」を見て、劣等感を味わっている・・・という心の弱さが出てしまっている。
・・・いや、味わう前に・・・先にコッチも「キラキラ」を「盛る」ということだろうか?

これは、張り合ってる、ということでも無さそうだ。
やっぱり、弱さを見せないための防御手段、ということなんだろうか?

アプリで、お目々ぱっちりにしたり、より、可愛く見せるとか、どんどん現実から離れる方向に進んでいても、後戻りはできない・・・ということか?!



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
"ブログ気持玉"と同じですね、、、

リンクでたどると、気持玉がハンパナイ数で驚く方がいますが、、、
何故かコメントはゼロなんですね、、、
いくらなんでもそれではね!
007
2017/05/18 05:05
「気持ち玉」とか「アクセスカウンター」とかがあると、気にしないつもりでも、気にしちゃうというのが、幼き頃より点数評価をされ続けてきた悲しさですな〜。
三日ボーズ
2017/05/18 21:21

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