「お寺のこれから」・・・について考える(その6)

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おそらく・・・これから大きな問題になってくるのが、お墓の問題です。

先に述べた「新しく家を作った人たち」の「お墓」の問題です。
これは、現在の「お墓が足りない」とかいう問題を遙かに通り越した問題だと思っています。

当山の境内のお墓・・・ウチの竹藪を潰した墓地は、造ったものの、しば~~らくは全然増えなかったのですが、バブル期になって一気に契約者が増え、やがて、別の場所に第2霊園を造るようになってしまいました。

その第2霊園が始まって間もなく、バブルは弾けて、また、契約者は「カメの歩み」になってしまったのですが・・・

バブルの時、とにかく良くも悪くも大変だったのが「土地」でした。
そもそも「バブルの象徴」が「土地!」だったんだと思います。

当時、中年の域になった戦後のベビーブームの人たちが、自分たちのお墓が無いということに気がついた、という感じだったんだと思います。
お墓も、同じ土地問題でもありますから、同様に考えられたのかも知れません。

「とにかく早く契約したい!」・・・と焦っているかのような人が多くいたように思います。
バブルに煽られていたんでしょうね。

さて・・・

そもそも、お墓というものは、まず「土地」があって「家」があって、それを守り続ける人がいる。
これが、農耕民族の在り方の基本です。

これが、戦後を切っ掛けに、崩れてしまいました。

戦後、経済の発展を担うために、田舎から都市部に出て行った人たちが・・・

それまでは、土地と農地の上に定着していた「家」から離れて、独立して、新たに家族を作り、家を建て・・・そこから、また新しい「家」が始まるかと思いきや・・・

そういう家の「子供たち」は、その家を守り・継続してゆく、という意識を持っていないのが殆どだったのです。
親がそうだったのですから・・・。

そういえば、そのころ「家付き、カー付き、ババア抜き」なんて言われてましたっけ。

自分が、メンドクサイ関係(=ババア=家=伝統)の無いところで、独立して勝手に生活していたように、その子たちは、その親を「メンドクサイ」存在と思うようになってしまったわけです。

「親の因果が子に報い」などと言ったら、お叱りを受けるでしょうか?

自分の親たちが、自分が生まれた「家」を離れたように、当然のように、子供たちも同じような意識を持って生きて行くということ。・・・それが当たり前、というように、なってしまいました。

檀家制度ではなく「家制度」が壊れてしまったのです。
おそらく、当事者たちに、この意識はないものと思えます。

「家を守る」という意識・生活が身についていれば、それが当然と思うでしょう。
実は、我々世襲ボーズは、実は、時代に遅れて、その気持ちだったりするのであります。

寺を継ぐというのは、子供の頃からイヤではあったものの、いつしか、後を継ぐということが当然のことと、思えるようになっていた、というわけです。

その親を見た「子」も、また「自分は後を継ぐ」という意識になった・・・ようです。

農耕民俗たる日本の文化は「代々家&土地を継ぐ」ことによって、伝えられてきたものですが・・・

こらからは、そんな日本民族が、おそらく初めて経験する事態(=大変革)がおきつつある、ということなんだと思います。

家が続かない!・・・ということです。

お寺とお檀家さんという関係においては、何度も述べていますとおり「田舎の過疎地」と「都会の宗教的過疎地」との間の、ウチの寺があるあたりでは、多分、まだまだしばらくは、盤石なものが、あるのだろう・・・と思います。当面は・・・(-_-)

しかし、特に「宗教的過疎地」においては「宗教的に無垢」な人たちが、これから「大暴れ」するようになるでしょう。

NHKなどでも、そういった人たちが番組を作っていますから、視点は「そっち方向」になります。

「新しい葬儀」という視点での「家族葬」などということを扱う番組が作られたり、世間に「新しい・・」というキーワードで、伝統に則ったものはイケナイかのような喧伝がされます。
宣伝にもなっていたりします。

家に宗教が無く、葬儀に接することも少ないので、何も分かっていない、ということから、自分たちの浅いとおいうか、殆ど無い知識で勝手に考えてしまったり、世間の喧伝に乗せられてしまう、ということがかなり多くなっています。

葬儀社の司会をやってる人たちだって、分かっているかというと、この基本が分かっていない人たちが殆どです。

現在、葬儀のしきたりの意味も考えずに、古くさい物としてか、排除される傾向にあります。
いや、もう、殆ど無くなってしまったと言って良いかも知れません。

文化は、既に、崩れつつあります。

その元凶となっている「新しく家をつくった人たち」の子供たちは、同様に「新しく家をつくる」ということが殆どであろう、ということです。

土地があって、家があって、お墓があって、ご先祖を供養する寺があるということが当たり前で無くなるわけですね。

そういうケースは、おそらく、僅かに減りつつも、そうそう変わらずに在り続けるものと、私は楽観しているのですが、そうではない人たちが顕在化してくるということ。

檀家制度が崩壊するのではなく、寺の檀家でない家が沢山あった、ということが、これから益々問題になる、ということです。

家が続かない・・・ということは、寺も墓も続かないということです。

そういう宗教的遊牧民が問題となるのです。

宗教的を限定される訳でも無く、これはニッポンが始まって以来の大問題だと思うのです。
このことに気がついている人(=当事者)は少ないものと思います。

当事者は、自分の生活が当然と思っているでしょうからね。
自分たちの生活が、日本人が経験する重大な変化の原因であるという自覚は無く、状況は大きく変わってゆくのです。

宇都宮でも、市営の大規模な霊園が2カ所、一杯になって、現在、もうひとつ大きな霊園を造っています。

お墓が無くて、墓地を契約した人たちのお墓が、沢山集まっているのですが、このお墓のうちのどれだけが、例えば三代先まで続くでしょうか?

昭和40年代に最初にできた宇都宮の大規模霊園では、連絡が取れなくなってしまったお墓が、ボチボチ(^^)/出ています。

実際「これはもう何年もお参りに来ていないな」というお墓が点在しています。
「空き待ちの抽選」なんてものもあるそうです。(-_-)

ウチの墓ではまだ出ていませんが、既に遠くへ引っ越された方も沢山いらっしゃいます。

例えば、両親が菩提寺の近くに住んでいて(近くの寺の檀家となって)、子供はその家を離れているとします。

やがて、その親のどちらかが亡くなって、葬儀をして、お遺骨をお墓に入れた。

その片親が家にいるウチは、盆・正月などに実家に帰った時に、墓参りにも行けますが、両親が二人とも亡くなった時・・・その実家すら無くなってしまうかも知れません。

で、両親のお骨があるお墓へお参りすることのためだけに、その土地に来る・・・これが、いつまで続くのでしょうか?

これが、実子ならいいですが、その子、つまり「故人の孫」となったときに・・・
住む家が違った祖父母との縁、祖父母への思いといったものが、どれほどのものか?ですが・・・
お墓参りのためだけに、その土地へゆく、ということが、だんだんと疎遠となることの方が多いと思うのです。

つまり、こういうお墓は三代続かないと言えそうです。

同様に檀家さんも、三代続かない、ということになるのではないでしょうか?

ですから、新しく檀家さんなった家は、続かないと思う方が現実的です。

東京の小平霊園の樹木葬という名の「マンホール葬」なども、おそらく、作った役所の意思をも越えて、正しい方向と言えるかも知れない・・・という一面もあります。

これからは「続かない墓」だったり「引っ越し前提の墓」とかが、必要になってくるのかも知れません。

「お墓を守る」という意識も持てず「先祖代々の墓」とうものも造れない。

宇都宮には、民間の霊園で「夫婦墓」という物を造っている所がありますが「夫婦で終わり」ということも、これからは、選択肢としてあり得る、ということになるんだと思います。

「永代供養」ということも「必然」となるように思います。

・・・これからは、そういう時代になって行くんだろうと思います。

・・・そういうのを「けしからん」ということはできないな・・・という時代になって行くんだと思います。

「けしからん」も何も、続かないんだから、ショーガナイ!・・・ってことですね。

冷静に時代を見れば・・・












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この記事へのコメント

寒いカメラ
2014年06月23日 20:17
父が分家なので仏壇も墓石もなく育ちました。母も亡くなったので一族の墓地に墓を建てました。簡単な墓と思いましたが、墓所をみてビックリ、一族と釣合のとれるものになりました。一族といっても4親等以上離れていますが冠婚葬祭の付合いがあります。いろいろあって一族と距離を置いてきましたが、墓を作ったら急に近くなり、お寺とも近くなりました。
子供は墓を守ってくれそうなので、この頃は早く孫をと思っています。
一族の墓地なので子孫が途絶えても無縁になることもないと安心しています。
墓という形は大事なものだと思います。

「血につながるふるさと、心につながるふるさと、言葉につながるふるさと(馬篭・島崎藤村記念館)」と書いてあるそうですが、ようやく分かる歳になりました。
三日ボーズ
2014年06月23日 21:50
寒いカメラさん・・・
私が書いたことと逆のようで、墓地を作ったことで、一族の絆が深まったということのようで、良かったですね。
ウチの回りにも、一族の墓の一角に、独立していった家族(次男とか三男とか)の墓を作ってあげる、というケースが結構見られます。
お墓まで独立して作ったりすると、やがて、見る人がいなくなっちゃう、ということにもなりかねません。
それより、余裕があれば「寒いカメラ」さんのように、一緒にしてくれるというのは有り難いことですね。
それによって、血のつながりを深め、やがて古里に戻る・・・良いですね。

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