今 考える未来の仏教~次代を担う立場から~(その3)

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さて・・・「コメンテーターの一言」に戻って・・・・って、おいおい、続いてたんかよ (^o^)・・・

来るべき人口減少社会への対応等の問題意識が叫ばれてきました
・・・というのも、変な話です。

まず「人口減少」の「過程」において、寺は忙しくなっています。←ここ大事
そして、これはしばらく続くと思われます。

「人口増加&世帯数増加」は「お父さん・お母さんから始まる家の増加」です。

ウチの寺では、旧来の檀家さんを「地区内」、それ以外の檀家さんを「地区外」と呼んで、区別しています。
「護寺費」として、年間なにがしかのお金をいただいている檀家さんは「地区内」の方です。
殆どが農家で、土地に根付いた家です。
商業地域でお店をやっている家もありますが、全体の数に大きな変動はありません。
地区外の家が同じ自治会の「地区内」に入ることはありますが、今のところ減ることはありません。

「地区外」の家というのは、昔からの檀家さん以外の家で、葬儀をしたことで檀家になったか、当寺の墓地を契約されて、檀家になった方です。

この「地区外」の家が、概ね「新しく家を作った人たち」の家だと言えます。
人口、あるいは世帯数が増えた、という部分に合致するものと思います。
数で言えば、旧来の檀家さんを上回っていますが、問題は・・・

これらの家は「家が続かないであろう」ということです。

そうです。
繰り返しになりますが、この「新しく家を作った人たち」の子供たちは、殆どが家を出て、また「新しく家を作る人たち」になるのです。

殆どが「二世代住んで終わり」となってしまうのではないでしょうか?
いや、1.5世代でしょうか?

これは、檀家さんに限らず、日本が「未来」に抱える問題だと思います。

「新しく家を作った人たち」である両親が居て、その子供も大人になって独立するケースが殆どだと思います。
やがて、両親が亡くなると「実家」すら無くなってしまうケースが、これもまた、殆どと言って良いような気がします。
殆どと言っては語弊があるかもしれませんが、かなりの割合を占めるであろうことは、確か、です。

まだ、顕著ではありませんが、そういう事例は今も多々あります。
初盆に伺ったら、家に誰も住んでなかった、という所も、毎年あります。
希ですが、連絡が取れなくなってしまった家もあります。

こういう家の場合、例えば、片方の親が亡くなって、独立して家庭を持っている子供は、盆・正月などに実家に帰った時に墓参りをするでしょうが、両親共に亡くなった時、家が無くなってしまうということになって・・・
お墓参りのためだけに、実家のあった地へ帰る、ということになり、これが、やがて負担になるものと思います。

この「新しく家を作った人たち」の子供ちが、実家が無くなった時に「では、自分たちのお墓をどこに造るか?」ということになります。

そうなると、自分たちの家に近い所に墓を造る、ということになり、そのお墓に両親のお骨を移す「お墓の引っ越し」ということになるでしょう。

寺墓地だと、寺壇関係がメンドクサイことになるので(離檀料なんてトンデモナイ話を聞きます)公営の墓地にしておいて、移動ができるように、という判断もアリだと思います。

そこで「お墓は要らない」という人も出てきます。
寂しい話ですが、お孫さんの世代になったら、墓守を期待できないという人も多いと思います。
ましてや、ひ孫になったら、絶望的です。

・・・ならば、いっそ、東京の小平霊園のようなカロートという名のマンホール墓地でもいいや、という人がでるのも妥当な流れ・・・だと思えます。

同様に、寺でも「永代供養墓」という対応が必要になってきています。

「お檀家さん=寺墓地」という考えは、かなりの割合で当てはまらなくなってくるでしょう。

バブルの頃、みなさん、慌ててお墓を求めていました。
「すぐにでも契約したい!」という人が多かったのです。
「そんなに急がなくても・・・」と思ったものですが・・・

「こうやってみんなが墓を造ったら、お墓だらけになっちゃうよ」と思っていました。

つまり・・・

これからを考えると・・・
二代、あるいは一代限りのお檀家さん」ということを考えることが重要なポイントになってくると思います。

「新しく家を作った人たち」「お父さんお母さんから始まる家」というものは、これからも続くものでしょう。
多くは「一代限りのお檀家さん」である、という状況が「これからのい時代」の特徴になってくるものと思います。

農村の安定も少なからず壊れるでしょうが、この「一代限りのお檀家さん」は、ず~~~~っと続くのでしょう。

これらの人たちも、そして我々も、この事象について真剣に考える必要があると思います。

「寺壇関係の崩壊」というのは、こういう形でやってくるのだと思っています。
言っていることは同じでも、その事象の何を見るかは違っているのです。

コメンテーターは、来るべき人口減少社会への対応等の問題意識が叫ばれてきましたと言っていますが、そうではありません。

何を見てこんなことを言っているのでしょうか?

寺の問題は、減少の前に・・・というか「減少する過程にこそ、あったのです。

人口が減少する=葬儀が増える」・・・ということです。
これが「今」です。

葬儀ということを考えると、人口減少社会への対応などという、例えば労働人口の減少、といった捉え方とは、ちょっとズレがあるものです。
この点を、一般的な見方で表面的に捕らえているコメンテーター氏の限界で、そう見るのは間違いです。

私がこれまで考えてきたのは「増える葬儀、檀家にどう対応するか?」ということでした。
当地のような所では、まだ、増える一方でしょう。

宇都宮などの中核都市でも、どれだけ人が増えたか?
「家と人が増えても、寺は増えない」と、冗談めいて言っていましたが、事実、まだまだ「新しく家を作った人たち」の葬儀は増えています。

戦後のベビーブームと言われる世代が定年を迎える頃合いになって、葬儀社が増え始めました。
葬儀がどれだけ増えるかは、年代別人口を見れば明らか。

そこで・・・農協も葬儀社を作り、花屋さんが葬儀社を作り・・・でしたが・・・

結果、葬儀の規模は小さくなり「家族葬」などと言われる始末。

葬儀が増えると見込まれ、葬儀社が増え始めた頃、これは予想できなかったと思います。
「未来」の予想は難しいものです。

さて・・・

「その先」には、人口が減って行く・・・という問題になるのでしょうが、そこには、檀家さんやら、寺の経営がどうのと言うような状態でなく、国家規模での改革の必要性、という問題になってくるでしょう。

そんな「未来」の予想はできません。


・・・続く・・・

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