お坊さん便・・・

画像

Amazonに「派遣僧侶」の会社が入って、法事への僧侶の派遣が「クリック!」でできる、ということになりました。

これまでも、僧侶派遣会社は多々あり、それぞれ問題を含んでおりましたが、Amazonとなれば、その他の商品と同様に、気軽に「クリック!」で申し込みができちゃうという訳です。

先日、友人が来て話していたのですが・・・

そのうち、葬儀ホールとか、僧侶も、場所や宗派などの項目で「クリック! クリック!」で選んで、生花も供物も、食事も全部ネットで手配。

ホテルの評価みたいに「星4つ半」とか付いたり、使った人の評価付き・・・そうなっちゃうんじゃないか?

実際に、ネットを使ってお客さんを呼んだり、商品を売ったりしているお店は、ネットにおける「評価」のついてまわります。
客それぞれの勝手な思いで評価が書きまれる、実に、厳しい世界です。

我々は、そういうことに晒されておりません。
これは、良いことだとは思えません。

「宗教行為をサービスとして商品にしている」と言って、全日佛のような批判をすることは容易ではありますが、その「裏」に厳然としてある、我々の甘えと、それに対する厳しい視線、といったものから目を背けてよい訳がありません。

・・・だんだん「お坊さんドットコム」の社長がいうような感じになりそうですが・・・(^_^;)

その善し悪し・問題点は多々ありますが、葬儀社も、色々とサービスの方策を練っております。

それに対して、我々は、考えなさすぎ・・・ではないか?・・・と思ってしまいます。

確かに、我々は「伝統を守る」ということが第一です。
先師が築き上げてきたものを守ることが大切であるし、逆に、変えることができないものです。
しかし、我々個々の心構えや、態度、などは考えることが必要だと思います。

ある意味、派遣のボーサンには、そういうスキルが必要になってくるでしょう。
ウカウカしてると、そういうボーサンの方が良いボーサン、ということにもなってしまうでしょう。

画像

さて・・・Amazonのこの流れをどう見るか?

・・・私は仕方ないものと考えます。
「派遣僧侶」には、例えば「お坊さんドットコム」のように、その経営者の志がオカシイ、それは認められない!・・・というものも多々あり、やめてほしい会社多くあります。

しかし、そういう問題点が無ければ、派遣僧侶も仕方ないものと思います。

仏教離れ・檀家離れ・・などと言う人がいますが、考え方、視点が違っている、と思うことが多い、です。

物理的に、という感じで、地方・郡部においては、止むにやまれぬ過疎による檀家消失的状況や、寺の維持ができなくなる・・・そういう致し方ない状況はあります。
街場も同様です。宇都宮市も、中心部からの人口流出が顕著であります。

むしろ「仏教でやりたい」と思う気持ちを尊重したい、とすら思います。

東京では3割を超えたのではないかと、ずいぶん前から言われている、いわゆる「直葬(ちょくそう)」という、葬儀をしないで「遺体の処理」を行なうやり方・・・それでなく、きちんと仏教で葬儀をして、供養したい、と思う、そのわずかな信心でさえ、仏教の側から見れば、貴重ともいえるし、ありがたいものだとすら思える、昨今の宗教事情であるわけです。

これは、何度も書いておりますが、すべては、戦後の日本の家族事情に端を発することだと思っています。

戦後の、主に商業と工業の発展をささえるために、また、生活のため、戦後、田舎から、都市部に出てゆき、やがて家族を持ち、家を建てます。

それは、みんな「お父さんとお母さんから始まる家」です。
仏壇と墓は実家にあり、ほとんどの家には、それらがありません。
それは「宗教が無い家」でもあるわけです。

そこで育った子供たちが、成長して、当然のように家を出てゆきます。
成長したら、二世代が住むことは少ない家です。ほとんど無いと言って良いとおもいます。

これは、長い歴史のなかで、日本人が初めて経験することでもあるのだと思います。
基本は農耕民族であり、江戸時代には、土地と結びついて、そこから逆に離れないように治められていました。

土地があり、家があり、お墓がある、ということが当たり前だったのが、日本人の基本だったのだと思います。
そもそも「家制度」というものがあった国であり、それがあっての「寺請け制度」だった訳です。

それが、戦後、この「家」の縛りから解放されたかのような状態となりました。

この、戦後、驚異的に増えた「お父さんとお母さんから始まる家」には、そもそもお墓がありませんし、菩提寺もありません。
檀家ではなかった家なのです。
葬儀が発生するまでは、問題がなかった訳ですが、その「団塊の世代」を中心とする「お父さんとお母さんから始まる家」において葬儀が発生するようになって、さて、その「宗教が無い家」で戸惑いが起きてしまったわけですね。

大本にあるのは、檀家だった人たちの「檀家離れ」ではなくて、もともと檀家ではなかった人たち(家)が増えて、その割合が大きくなった、ということです。

そりゃそうです、都市部などにおいて、戦後増えた「お父さんとお母さんから始まる家」は、みんな「お寺とは関係無い家」だったのですから。
圧倒的に、菩提寺を持たない家だらけになってしまったわけです。
それが、近年表面化したということなのです。
ここを見ていない評論家などは多い、というか、殆どだと思います。

実際、檀家だった人(家)が、寺を離れる、ということは、あまり無いものと思っています。
これは、江戸幕府が作った「寺請制度」が、明治になって廃止されても「ご先祖様を供養することは続く」ということで、今に到っているように、廃仏毀釈を経ても壊れなかったものです。
これは、ただひたすら「ご先祖様を思う檀家さんの気持ち」故にであって、それが、仏法だの、寺だの・・・ということではない、のです。

ここを勘違いすると、お寺がご先祖様を人質に取って、檀家を縛っている・・・というような印象になってしまうのです。
ここを謙虚に考えなければイケマセン。

こういう土地に生きて、家族が続いて、先祖のお墓がある、ということが「檀家」さんだ、ということです。

それに較べて、その家で初めての葬儀をして、そこから新しく檀家さんになった、というような・・・
「お父さんとお母さんから始まる家」からは、多くの場合、子供も出て行き・・・
「お父さんとお母さん」だけになると、それっきり・・・
・・・となってしまう家がかなりの割合を占めていると思えます。

それらの中の大方の家には二世代住まないと思います。

そう「家が続かない」のです。

戦後増えた家の大部分は続かないのです。

近年、都市部の「空き家」が問題になっていますが、それは、もう、10数年前から感じておりました。
お盆中、新盆のお宅に棚経で伺うと、毎年、1~2軒「住んでいない家」があります。

夫婦が住んでいて、どちらかが亡くなって、その後、もう一人の方が亡くなると、その家には、住む人が無くなってしまうのです。
その後、そこを通りかかると、更地になって、また家が建っている、ということがよくあります。

子供たちが出て行って、その行く先が遠いと、帰省するのが一苦労、となります。
まだ、両親のどちらかがいれば・・・「里帰りをして、墓参り」ということになりますが、
さて、その両親が亡くなってしまったら・・・

墓参りだけのために帰省するのは大きな負担になってしまいます。
ましてや、そのお子さん、つまり、最初の「お父さん、お母さん」の孫の世代になって、その子たちも、全然違う所に住んでしまったら・・・

そのお墓は、引っ越しをするか、もう、まとめて寺で供養するか?・・・ということになるんじゃないでしょうか?

バブルの頃、やっぱり「土地がらみ」ということもあってか、競うようにお墓を求める人がきました。
ウチのお墓も、劇的に増えました。

その時・・・

「そんなにみんながお墓ばかり作ったら、土地が足りなくなっちゃうし、第一、そのお墓は続かないんじゃないか?」と思っていました。

お墓参りの様子などみていても、皆さん、お墓を大切に思っていらっしゃる感じですが、さて、お孫さんの代になったときに、大きな負担にならずに、皆さんがお墓を維持できるか?・・・甚だ疑問であります。

昔からの、それこそ、寺請制度からの檀家さんは、ウチの場合、多くは農家なのでお墓も家も、多くは大丈夫だと思っていますが、その農家ですら、跡取りの問題などもあり、継続に疑問もある、というのが、正直なところです。

それ以外の、新しく檀家さんになった家は「続かない」ということを大前提に考えなければイケマセン。

全日佛のコメントなど、檀家とか、宗教などと語るのは、古くからの檀家さんが相手の話であって、それ以外の人たち(家)には、当てはまらないことだ、ということに、我々も気づくべきだと思います。

そういう人たちにとって、宗教も仏教も有り難くない存在だ、ということです。


・・・続く・・・



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック