御忌法事式 管絃法要

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大阪に行ってまいりました。
第13回聲明公演「浄土宗祖圓光大師法然上人 御忌法事式 管絃法要」。

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ナマキンタマ・・・いや「いくくにたま神社」の近くであります。

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日本で、いや、大坂で、か、一番古い神社の道を隔てたお隣は「こんな」であります。
悩ましいホテル街。
さぞや、夜はキラキラなのでありましょう。

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神社の南にはお寺が密集しております。
大阪城築城の時に、集められたんだとか。

「第17回音楽の日」参加演奏会、ということでもある、とな。
「声明公演」を始めたら「音楽の祭日日本事務局」というところから、「ウチの会に入ってくれ」ということになった、ということでせうか?

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天蓋に極楽浄土に住むとされる迦陵頻伽(かりょうびんが)。
なるほど・・・です。これでこそ「天蓋」なのかも、と思った次第。

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出仕者は、「魚山大原流聲明愛好会《梵響座》」。
浄土宗のボーサンの有志。

法然上人も、元々は天台の方。
当然ながら、声明も天台の声明を唱えられたのでしょう。

実際、その源流は大原にある、ということで、同じく大原を源流としている宗派のボーサンが、宗派の垣根を越えて集まっている研鑽会の法会を聴聞したことが何度もある。

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浄土宗も、浄土真宗も(特に、お西)、日蓮宗も、声明の源流は天台、それも大原にある。
なぜ比叡山と言わずに「大原」というか・・・
同じ天台でも大原は、山号を「魚山(ぎょさん)」と言い、我々も江戸期の声明の解説書に「魚山集」と名付けるほど、声明=魚山、という代名詞的に使われるほど、大原は強く声明の印象を持っていた。
天台の中でも「大原流」というのは、古式を遺している、という印象がある。

この「梵響座」は、以前も知恩院で確か「知恩講式」というのを聴きましたが、浄土宗の中でも途絶えてしまったような声明曲の復元等をしているグループ。

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地元の浄土宗のボーサンに聞くと「ボクは、声明はできないです」というようないい方をされるので、いわゆる、音曲的お経である声明、というものは、特別なモノなのかも知れません。
曹洞宗のボーサンも、同じようなことを言っておりました。

その中で、古儀復元、というようなことは、もっと特別なことなのでしょう。

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浄土宗のお経なれど、声明は、殆ど、というか、区別できないほどに「天台声明」(厳密には大原声明?)になっておりました。

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「管絃法要」というくらいですから、当然「楽」が入ります。
5月30日に聴聞した大原・三千院の「御懺法講」と同じといって良いでしょう。

これも天台声明の文化で、ウチ等にはないのですが、お経を被せます。
「唄」という声明の独唱に、合唱を被せるとか、散華だったですか?・・・輪唱の様になってるとか。
そこにまた「楽」が被さる、とか、混沌なのか、整然なのか分かんなくなる感じがあります。

しかし、平安の頃は、こんな風にして、宮中で唱えられたんだろうな~、と思えるものです。
遙か、平安の都人の楽しみを見る感じがします。

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それにして、皆さん、声量があってうらやましい。
一人一人の声が大きく良い声であるので、7人でも、7人とは思えないボリュームで、楽に負けてません。
私など、歳と共に、声が出なくなってきました。
どうしたもんか、と思います。

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終わって、また悩ましい道を歩けば、悩ましいトコロから、悩ましいカップルが手を繋いで出てきました。
おいおい・・・

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生國魂神社の来たの正面に致る参道に「真言坂」の名前?
なんで?・・・と思ったら・・・

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・・・ということでした。






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この記事へのコメント

三日ボーズ
2018年06月26日 13:48
あ、毒吐くの忘れてた。
雅楽が静に始まってるのに、話すのをやめないオバサンは、何しにきたんでしょう~ね~。
また、殆ど式次第、という感じのパンフレットをいただいたのでありますが、どうしていちいちソレを見る?
見たってワカランでしょ。ワカランままに静に聴くってことはできんのかいな~?
国立劇場の公演なんかもそうだけど、見たって、ワカランものをどして見る?
おまけに、見るときに、まったく遠慮無く、ガサガサ音を立てる神経がワカラン。
写真も動画もOKと言われても、音が出るスマホで遠慮なく撮る神経もワカラン。
ホント、音を消せないスマホは使っちゃいかん、という不文律が欲しい。

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