声明研究、遅々として・・・

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地元の阿闍梨さんのCDができたのを喜んで、節の確認をしてたメモ書きをひっぱりだしたら、2008年とある。

11年前にちょっとやって・・・ストップしてる。
イカンなぁ~~~と思う。
バン字・・・いや、万事こんな調子で、我が身の不徳の致すところ、大いに反省。

年号も変わって、振り返れば今年になってスタートダッシュできなかった、ので・・・再スタートのつもり。
研究発表に向けて「鶴の機織り」状態に入る。
三回目。
これがあって助かってる。締め切りがナイト・・・いや、無いとできない愚か者でございます。
無理遣りに作ることで、ナントカ、積み上げることができている。

今回は、具体的な節の解釈。
現在の伝・解釈の間違いを直すのが目的。

さて、どうなりますやら?

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 声明は音楽である。これは紛れも無い事実である。音楽である以上、科学的な音の在りよう・楽理というものが存在するのも事実である。
 しかしながら「口伝による伝承」という大義名分を掲げて、これを勉強しない阿闍梨さんがいらっしゃるのも事実である。理論的に考えないが故に、明らかに間違った伝承を「生んで」しまっている部分が散見できる。困ったことである。
現在の声明は、『魚山蠆芥集』にある博士からも大きくズレてしまっている。現在使用している次第の譜は『魚山蠆芥集』を元にして作られているので、実際に出している音とは、当然のようにズレがあり、本来の「譜面」としての機能を成していない。
唱えている声明の音、例えば、今の音から次の音へ移る、その音の関係性は、確かに音楽的な繋がりがあって出している。そこにどういう理論的があるのか? かつての理論と、現在の音との違いは何なのか?
それを考えると、結局、全部の声明曲の音を調べることが必要だ、という結論に達した。
いつまでも現在の博士のままで良いわけが無い、という前回の発表に引き続き、その作業の進め方として、節の分析をしてみたいと思う。 

・・・いまのところ、こんな「前書き」で始まる・・・予定ナム。

これまではポメラで打ってたんだけど、今回はInDesignに直接打ち込むという荒技、やってます。

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我が宗にも沢山の人材が在りながら、おそらく、このテーマで研究できるのはワタシだけだと思うので、やり遂げなければイケナイ・・・と思う。

そろそろ「人生の残り時間」が見えてきそうなので、いよいよ、頑張らねば・・・と思う次第。

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そういうわけで、ブログ記事更新滞りまする。m(_ _)m





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この記事へのコメント

D.C.
2019年06月01日 12:55
こんにちは

いつも拝読いたしております。
先日、三千院で御懺法講があった旨の
京都新聞の記事が配信されてまいりました。
その日、京都にいたのですが
そうとも知らずに長谷寺に赴いてしまいました。

雅楽、声明は寺社にて聴くのが一番と考えておりますが
こうした法要や行事の情報を皆さんは
どちらで得ていらっしゃるのでしょうか。
よい方法がありましたら教えていただけないでしょうか。
三日ボーズ
2019年06月01日 15:55
読んでいただきありがとうございます。

御懺法講は、基本的に招待者対象になってるようです。
ワタシも去年から行けるようになったのですが、今年は急用で行けず残念。

まず、本山というような所、まぁどこでもホームページに載ってますね。
行事によっては公開されないものも多いですが、ホームページを見て、問い合わせていただくのが一番と思います。
例えば、長谷寺だと、本堂の内陣での法要は基本的に聴聞しにくい、という場所の問題もありますが、本山とかだと、宗祖の命日、本山の開山記念日、宗祖の誕生日、お釈迦様の誕生会・涅槃会等々・・・チェックしてみてください。
D.C.
2019年06月04日 17:23
有り難うございます。地道に情報収集ということですね。
三日ボーズ
2019年06月04日 19:25
良い寺社、良い法会に出会えますように。

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