何言ってんだぁ~?!

いきなり、こんな不躾なツイートが流れてきた。
なんだこれ?!

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内藤理恵子GINZA25区ピョローme@drjoro

正直、
いまや
ここまで世論が
アンチ仏式葬だと
ゼロから論を
考えなければ
ならなくなりました。

アンケートにご協力ください。

あなたは葬儀について
どう考えていますか?


・・・いやいや、勝手に「世論」を作るんぢゃねぇ~よ!・・・ってことだわね。
「論を・・・」とか言いながら、書いてることが安っぽすぎる。

この陳腐極まりない書き方から、何をどう「論」じようというわけ?!

アンケートと言いながら、こういう書き方をするというのも、常識知らずというか、良識が無いというか・・・
要するに「バッカぢゃねぇ~の?!」・・・である。
前置きで意識操作しちゃイカンよね~~。
いや、ほんと、馬鹿過ぎる。

この前置きは要らんやろ、普通の思考があれば。
アンケートと言ってる訳だしね。
いや、ほんと、馬鹿過ぎるし、アンタ何様?!・・・的調子に乗ってる感がありすぎる。

・・・あ、「馬鹿」って書くとイチャモンよこすヤツがいるから「莫迦」にすっか~。(^^)//

ま、所詮Twitterですからね、何をどう言っても個人の勝手であるわけですが、それに反応するのも勝手な訳ですわな。

まず「仏式」はやめようぜ「フランス式」みたいみなっちゃうから、ね。
「佛式」がいいと思うよ~。

しかし・・・
どんだけのデータを以て「ここまで世論がアンチ仏式葬」であると言ってるんだろうか?

その莫迦な聞き方のせいか、以外にも「佛式」が多くて、この愚かな前提条件は反故された感あり。

仏教を少し勉強したら、今の仏式の葬式がそんなに意味のない事だと感じたので、お墓は寺に既にあるのですが(父が作って既に入ってる)母の葬儀は直葬にして、その墓には入れてません。(戒名もバカ高い事もありますが)

→→こういうお莫迦さんもいるから困る。
仏教の何をどう勉強したというのだろうか?
「少し勉強したら」・・・ってくらいで、親の葬式をやらない、という重大な選択ができる、ということが、自分の莫迦さに気がついていない、ということ。
まあ、よくあるお釈迦様の言葉をたぐって、現在の仏教を否定するような安っぽい本か、ネット記事でも見たのだろう。
「少し勉強した」と言うレベルで人の生き死にを語る愚かさに気づかす、現在の日本の仏教の在り方に否定的なことを言ってみた・・・くらいの感じ、か、な?

家族のときは別論として、自分の葬式なら、テキトーにお経でも何でもあげてもらったら、あとは底の抜けたよな大宴会をやってほしいです。なんなら屋形船でも借り切って、途中退出不許可の宴。やあ死んだ死んだわっはっは、みたいなノリで。

意外にもやっぱり仏式だよね。^_^ 私の周りもみんな仏式だもん。神道はいないし、直葬もいない。ただ、自分は直葬でいいわ。

一般的には葬式は必要だと思われているのは分かります。ただ、私が死んだら葬式しなくていいと思っています。死んだ人間に大金をかけるくらいなら生きている人に有意義ににつかってほしいから。葬式=義務、という縛りから脱してほしいかなとは思います。


→→結局のトコロ、こういうふうに、自分の葬儀というと、トタンにイメージが貧困になる。
結局のトコロ、葬儀というイメージがまったくできていないのだわね。

一番上のは、逆説的に気取ってみても、そもイメージも貧困。
共通して言えるのは、自分の葬儀は自分中心でしか考えていないということ。
そういう人は多いようだ。
やはり、葬儀というものの経験が少ない、ということもあるのだろう。
幼い頃から、葬儀というものにあまり縁が無いまま大人になってしまった不幸とでも言おうか、家族少なく親族少なく、そもそも仏壇も無く、家に宗教が無い。
こういう人が多くなって、主流とありつつある。
この「葬儀が分からない」という「分からない」が主流となっている。
そういう状況を「ここまで世論がアンチ仏式葬だと」と安直に称するのは愚か以外の何物でも無い、ということだ。

仏式で葬儀、火葬後出来るだけ速やかに散骨、という感じで家族の間で意見集約。

→→家族も総じて無知、という不幸だと言えよう。
これが、核家族の問題点。文化が根付かす育たない。
戦後の日本が得た大きな転換点。それまでの長い日本の民族性が変わってしまうのであります。

自分のときには…って考えると個人的にはスタイルにはこだわらず、お金もかけなくていいし、墓だってなくてもいい♪

ただ、家族や仲間うちで集って偲んだり、ときどき思い出してくれれば充分ですね♪

親が亡くなった時はちゃんとお葬式をして送り出してあげたいと思いますが、自分の時は面倒をかけたくないので直葬でもいいな、と思ってます最近。


→→自分の時は、ということだと、こうなってしまうのが多いのは、全体的に多い。
葬儀というのは実は亡くなった人よりも生きてる人にとって大切なものだということ。
供養もそう。生きてる人の心の整理という意味が一番なんだと思う。
グリーフケアとか言いますな~。

以前身内の死から葬儀まで一部始終を見ていましたが、葬儀屋にかなり疑問。
「香典で葬儀代が払える」「葬儀しないと弔問客の相手で余計大変」のセールストーク。式後に蓋を開けたら香典で足りず、なけなしの貯金と保険金持ってかれた上に、香典返しや位牌やら2時間近い営業。
自分なら絶対いらない。


→→コレは、正しい面もある。まず、葬儀の重要性がまずある。その「セールストーク」は、それだけとってみれば間違ったことは言っていない。
おおむね、キチンとやっておいた方がいい。
ただし、ケースバイケースなので、そういう配慮ができない葬儀社・ボーズに当たると、申し訳ないm(_ _)m、ということになってしまう。

個人的には、「異世界転生葬」したいなあ・・。
なんか、水木しげるの天国と地獄の図鑑読んだんだけれども、
天国も、めっちゃツマラナイし、地獄は衛生面的に問題あるので、
異世界に行きたいし、そういうコスしながら焼いてもらいたい感じある。


→→これは、ノーコメントだな~的お莫迦。
無知もここまで来ると笑うしか無い。
・・・でも、他のコメントなど見ても、案外このレベルの話が多い感じがする。

家族は仏式で送ってあげたいです。
自分は直葬でいいです。時間経ってから「アイツどうしてる?」「死んだらしい」くらいがいいと思うので。


→→こういう感覚が「いい人」というか「カッコイイ」とか「分かってる人」とか「良いこと言ってる人」というような感じがあるのだろう。
しかし、まったく分かっていない。
死というものがイメージできていない。
人のことだとある程度できても、自分の死というものになるとまったくイメージできなくなってしまうのね。

さて、この人は、この不出来なアンケートで何を考えたのでせうか?? (^^)

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