「アンチ佛式葬」について考える(その3)

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現在、いわゆる団塊世代が70歳前後となり、いよいよ「葬儀」を考える時が来た。

かつて、バブルの頃、この辺の人たちがこぞって墓地を求めたという印象がある。
その頃、かつての学生運動家たちが起こした出版社に出入りしていたが、私がボーズと分かると、お墓の相談をされた。
ウチの境内墓地も、この頃急速に契約者が増えていった。
みな何故か慌てていた。
バブルの象徴は土地の高騰。墓地も土地にかわりはなく、土地問題として考えられていたのかも知れない。
だいたいが核家族。実家から独立しているが故に、自分たちの墓が無い、ということに気がついた、ということだった。
お墓は心配だけど、宗教観は無かった、というのが大方の印象だった。
ボーズと分かっても、仏教の云々を聞いてくる人はいなかった。
もっとも、当時は聞かれてもまともな答えは出来なかったと思うが・・・

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その人たちの夫婦のどちらかが亡くなった時、連れ合いが葬儀の喪主となる。
実家の宗派すら分からない人も結構いる。
実家に聞いて、同じ宗派を探したり、関係無く選んだりして葬儀をする。
何の経験も無く、葬儀に出席の経験があったとしても、ただの傍観者で、細かいことは分からない。
葬儀社が何もかもやってくれたものの、費用がエラくかかった・・・・という印象。
実家が仏教である確率は極めて高く、何となく・・・「葬式は寺にやってもらうものだろう」という感じで、葬儀社に寺を紹介してもらって、依頼。

あるいは、実家の親兄弟親戚などから、寺にたのめ、と言われたりする場合もある。

・・・そして、改めて、お布施の額に驚く。

「そもそも、お布施とは何ぞや?!」という疑問が涌いてくる。
寺の檀家となるということの意味も分からない。
そこに至るまで、寺との付き合いという社会勉強もしてこなかったから、改めて知る世界、ということになる。
回忌の法事など、寺との付き合いがあればいいが、そうでない場合は、苦痛になろう。

そもそもが、個人の権利と自由を主張してきた世代だ。
寺と檀家の関係など、理不尽極まりないものと思う人も多いだろう。

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その子供たちが壮年期を迎えている。
やがて、残った片親の葬儀を出すのはこの人たちだ。
この世代は、実家離れて核家族化した親たちから、離れてまた核家族を築く。
宗教的習慣、文化が無い家に育って、そこからの独立で、ここにはもう宗教観は無い。
そのまた子供たちが、Twitterなどで発言しているという訳だ。

今、葬儀社で葬儀を取り切ったりしている社員とか、司会者なども、勿論、この宗教観の無い人たちがメインになっている。
「葬祭ディレクター」と称する資格があるが、国家試験の元となるテキストこそ、碑文谷さん(かつて『月刊SOGI』発行者)のもので、客観性はあったが、資格を得た人たちは、勝手な判断で葬儀をこしらえてゆこうとする。

例えば、映画『おくりびと』以降、大事な慣習が無くなってしまった感がある。
葬儀のしきたりは、「家族・親族がみんなでやる」ということにこそ重要性があった。
だいたいのしきたりは「みんなでやる」というものが多い。
それを『おくりびと』では、「他人が一人でやってしまう」という、真逆のことを、広めてしまった。
「イオンの葬儀」でも、安直に真似をして、近くの農協系葬儀社も、同じようにやってるのを、親戚の葬儀(入棺)で知った。

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例えば、棺の「釘打ち」をしない、という葬儀社(あるいは葬祭ディレクター)が増えている。
「可哀相な感じがする」からだという。

そうではない。
まず、運ぶ際に当然蓋を安定させるだろう。
そして、大事なのは、釘を打つことでお別れをする、ということだ。
蓋をするまではこの世の人で、蓋をすることで、それを「物」とするんだと私は考える。
釘を打って、同時に、もう一度起こす。
起きないと、諦める。
そこで、遺体は「亡骸」になる。物となる。
だから、埋めたり燃やしたりできる。
葬儀の本当のお別れは「蓋をして釘を打つ」というところにこそ、ある。
一番大切なところだ。
それを「可哀相だからやらない」というのは、変だろう。
人がズ~~~ッと続けてきた事には意味がある。
それを、無知故の安易な判断で勝手に変えないで欲しい。

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でも、昔からのしきたりは、一方で、自宅でこそ意味があるもので、ホールでやるという時点で意味が無いもの、あるいは、相応しくないもの、ということになってしまうのかも知れない。

前に書いたが、ホールでの式になって、より「式」としての色彩が強くなってきた。
ホールになってから「佛式の葬儀」という印象が強くなったとも言える。

しかし、佛式の葬儀の何たるかもわからず、つまり、信心がなくて、何となく、あるいは仕方なく佛式の葬儀をする。
そういう人が増える。

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元々の信心や、子供の頃からの馴染みといったものがないまま、葬儀社主体で佛式の葬儀をする。
葬儀も、後の供養も、「しなければならないのかな?」という中途半端な気持ちでする人もいるだろう。
そこで、知らなかった宗教に接して、法事などをするうちに、仏教に馴染んでくる、というものなんだろうと、思う。
そういう人は多いと思う。

しかし、一方で、もとから馴染みのある寺でするわけでなく、行き当たりばったりの寺にお願いするということになる、ということが、いわゆる「戒名料」だの「お布施」だのという問題を生みだすこととなる。

地方の菩提寺と檀家さんとの関係がある所はいいが、そうでない都市部に出た人たちの問題として浮き上がってきたわけだ。
都市部で、檀家さんが少ない寺は、経済的にお布施を高くするしかない、という面もある。
色々維持するのも大変だし、そこに、都市部での生活レベルを良いものにしたい、という事になると、お布施が高くなるという傾向はあろうかと思う。

もともと大きなお寺だったが、都市部から人が流出して、檀家さんが減るため、お布施を高くしているということもあるかも知れない。

そういう寺のやり方に対する苦言は多く聞く。
実体は分からないが、事実もあるだろう。

先日、Twitterの中で、親の菩提寺が、葬儀をするなら500万、離壇するなら1000万円という、信じがたいことを言ってるという。

そういうお寺は、お寺全体の問題にも関わってくるので、他の寺がナントカしなければイカンと思う。
本山に問い合わせても応じて貰えなかったというが、度を超した問題には即座に対応するべきだろう。

離壇料とかいうものは、まったく余計な物。根拠が無い。
こういう寺があると、全体の印象が悪くなってしまう。

「アンチ仏式葬」という言葉には、まずもってこういう印象があるということは、否めない。
寺の側、皆が承知するべきことである。

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お寺へのお布施、というものも、昔からの関わり合いの中であるべき物。
それこそ、江戸時代からの寺壇関係の延長線上にあるもの。
それを逆に「ご先祖様を人質に取る」ようなことを寺がやってはいけない。
ご先祖様から、両親もお世話になってるから寺壇関係は切れない。
これを逆手に取るような考え方を寺がしてはイケナイ。

この関係を、寺はひたすら謙虚に受け取ることが、寺壇関係の大前提だと思う。

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バブルが過ぎるころ、葬儀社が急激に増え始めた、という印象がある。
それは、やがて、団塊の世代の葬儀が増えることが分かっていたからだった。
雨後の竹の子の如く、葬儀社・ホールが増えた。

しかし・・・葬儀そのものの規模が小さくなる、ということは想定外だったのだと思う。

その葬儀社の費用がかかるということと、新にお願いする寺が、戒名料だのお布施だのという「ヨクワカラナイ」お金を要求される。

戦後の自由主義の中で、若い時に個人の権利だのと騒いだ団塊世代には納得がゆかないだろう。
「しきたり」「習わし」などという言葉は余計に理解できない。

SNSで自己主張し、己がエラくなってしまったように思う世代などにおいては、なおのことであろう。

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基本的には、核家族というものが生んだ「葬儀がワカラナイ」という世代だった。

そこにごく一部の寺の我が儘勝手があり、それがステレオタイプとなって広まる。
突然降った湧いた戒名料やらお布施やらに戸惑い、しかし、仕方無いモノと思って、渋々払う。
そういう積み重ねがあって・・・今の、寺と葬儀というところに対する疑問符が飛んでいることはわかる。

だから、件のツイートの主は・・・

正直、
いまや
ここまで世論が
アンチ仏式葬だと
ゼロから論を
考えなければ
ならなくなりました。


・・・この様に言ったのだろう。
しかしながら、現時点で、これはオカシイことだ。
この「ここまで世論がアンチ仏式葬だと・・・」という所にはまったく根拠が無い。

そこを指摘しても、それを変に「いなす」ようなところに「心の広さ」を見せるような返事をしてきたので、それが気持ち悪くて、先日の記事を書いた。
自分の間違いは直さない、ということだな、と思ったから、それを指摘させていただいたという訳だ。
アンケートと言いながら、偏見に満ちた独断を前提に上げるのはオカシイだろうということを言ったまでだ。

その「心の広さを見せる」ような返事が心底気持ち悪くなって、それまでのツイートは消した。

その後、件の方のタイムラインでは、私への批判が語られたようだが、もし、その人たちがここまで読んでくれていたら、・・・そういうことです。あしからず。

m(_ _)m


・・・続く?・・・・
















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