直葬回避

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どうも「直葬」を考えていたようだった。
73歳のお父さんを亡くされたお子さんは、3人兄弟の3人目なので、30代とか。
葬儀社が言うには「予算の関係で・・」という。
亡くなった方は、ウチのある檀家さんの妹さんのご主人・・・という縁で、ウチに依頼が来た、ということ。
そのお家では初めての葬儀。

初めての時に一回だけ「戒名料」をいただくというのが、ウチのやり方。
でも、それ相応のお布施となってしまう。
そうなると「簡単な式」では申し訳ない。
簡単でも良いから安く、という感じでは無かったので、出来るだけのことはしなければと思う。
なるべく「直葬」などというものは回避したいと思っている。

初め「火葬場で読経」という話がきて、まあ、そのつもりだったけれど、そのホールは火葬場へ行く途中にある。
「出棺の前に、お別れをする」というので「だったら、その時に引導と読経をする」ということにした。

11時出棺で、10時開式、という通知が来た。
そこまでハッキリさせるつもりはなかったけれど、こうなれば、普通の葬儀である。

その読経をしながら、いわゆる「式中初七日」の予定だったが、火葬場に行ってしまうことにした。
これで、普通の葬儀と同じになって、良かったと思う。

式は、ホールを使わず、控え室に遺体を置いての「3密」状態で、心配もしつつ・・・だったけれど。
久しぶりに正座して読経。

親戚は火葬場に先に行って待っていた。


つくづく「直葬」などというものを、葬儀の「プラン」に加えている葬儀社の意識を問いたい。
最初に始めたのは誰だ?! ←←コイツが問題だ!!

本来は、葬儀社としては恥ずかしい言葉だったのだよ。これは。

元々、良くない風潮として揶揄するように付けられた呼び名を、堂々と当然の如く「葬儀プラン」に載せている。
どこもやってる。

この「流行」が早かった。
正に、ネット時代。
ネット上にあっと言う間に氾濫してしまった。

結局、同じ土俵に上がらないと勝負にならない、ということなんだけれど・・・
安直すぎる。

こういう流れで「樹木葬」とかも勝手な解釈で広まってしまって、収拾がつかない。

揶揄する「直葬」が言われ始めたとき、東京では2〜3割と言われていた。
今は、当地でも結構あるような感じ。
困ったことだ。

気になっているのは、ワタシが勝手にあれこれやって、費用の負担が増えてたら申し訳ない・・・ということ。

葬儀社は「直葬」「一日葬」「家族葬」などという言葉を、予算に合わせた葬儀の規模によるプラン分け、という感じで使っているが、本来の意味は違う。
本来の意味など考えない。
そんなことをしていたら、競争には勝てない、ということだ。

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「直葬」は、宗教がまったく入らないものを言った。
「家族葬」も同じ。
これは、家族だけで見送るというもので、厳密には宗教が入らないものを言った・・・はず、だ。

ワタシ方面から見れば、こういう区別は無い!
ワタシが行けば、全部「葬儀」。
例えば、遠くの人が亡くなったとして、駆けつけられない場合、火葬を先にしてから、後日、あるいは四十九日法要の時に、引導・葬儀をする。
何にしても、区別無く「葬儀」。
お布施が多くても少なくてもすることは同じ。
会葬者の人数によって、焼香の時のお経とか真言・陀羅尼が長くなるだけ。

差別区別は無い。
ホントは、戒名のあれこれも無くしたいけれど、これは長い文化の否定になるので、なかなか踏み出せないことだ。

本来、結婚もせず、一人で生きて行ければ、生活費もそうそうかからない。
でも、それでは寺を維持できない、というのが明治時代の判断。
それで、妻帯し、世襲となった。
女房子供がいると、そうそうカツカツの生活を強要できない。
ある程度の生活の安定がないと、後を継がせることも難しくなる。

これが、現在の、寺のジレンマ・・・嗚呼。

葬儀はキチンとしなければイカン、というのは、自分の信心。
この「お勤め」があるから生きて行けるし、住職もやっていられる。

これを蔑ろにする風潮は、そういうワタシの信心の否定にもなるから、抵抗したいのだ。





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この記事へのコメント

油注し
2020年07月08日 22:27
生前に母は「葬式で迷惑をかけたくない」と言って注文を付けるので困った。妻も困って「棺桶の蓋は自分で閉めて下さい」と言ったら言わなくなった。
ある時「弔事を読んでくれる人はいないよね」と言ったので、これが本音だと気がついた。やはり、きちんと葬式を出して欲しくて心配しているのだと思った。中年になっても頼りない息子に葬式が出せるか心配だったのだろう。

母の若い頃は、集まって、料理をし葬式を出していた。人に会いおしゃべりして楽しみであったようです。皆で葬式を作っているようなものでした。
「迷惑を掛けたくない」と言うのは、迷惑に感じる葬式もあったのかなと思います。付き合い上、参列しなければならない葬式もあったのでしょう。

お布施や戒名料が安いからと言って、僧侶が、錆びて穴の空いた軽自動車で来て、糸の垂れた袈裟を着、指先の見えるスニーカーだったら、やっぱりイヤだ。
そう思うと、それなりの、お布施や戒名料になると思います。
「年収の十分の一を神に捧げよ」と言うように。現代では税金もこの中に含まれるとも思いますが。
三日ボーズ
2020年07月08日 22:55
「迷惑をかけたくない」という人の気持ちもわかりますが、お別れをきちんとしたい人の気持ちを考えていないことが多いようです。
お母様のようなお気持ちも確かにあろうかと思います。

「葬儀が大変だった」というのは、その昔のことで、確かにその記憶があると「大変だ」と思うのかも知れませんが、今は葬儀社が何でもやるので、それほどでもなく、ただ、昔よりお金がかかるようになってしまったのは事実でしょう。
自分もこれまで人の葬儀はきちんと手伝ってきたし、友人知人がきちんとした葬儀をやってもらっているのを見て、自分も・・・と思われるということもあるでしょう。

自分の信仰の拠り所として、毎年きちんとしかるべき金銭を神に捧げるような形があればいいのでしょうが、昔から法事をやっている人にはそういうお布施を出すということは分かっても、ウチなど、年間4000円の護持費も渋々・・・というのは、例えば日曜日には礼拝に行くというように「日常の信仰」として、生活に密着していないから、という面もあって、それが、信仰の在り方の問題なのか、寺の怠慢なのか?
・・・ということでもあるのでしょうね。
007
2020年07月09日 13:18
”ライカのチェキ”活用ですね。。。
どうですか?使い心地は、。

フジのほうにはスクエアー版もあるのでちと興味もあるし、、、
旅行に持参し、プリントしながらメモレルので有れば便利かな?、、、
などと思案していましたが、コロナの影響で当分日帰りがせいぜいかと思うと
熱が冷めてしまいましたが、人生最後?の九州の旅のお供と記録用には使いたい」と思います。。。
三日ボーズ
2020年07月09日 15:09
ダメですね。(^o^)

これは、元になってるのが安い方のヤツで、液晶モニターがあって小さくてメモリーに残せる方のが圧倒的に良かったです。
ちょっと手近な物を撮ろうとすると、パララックスがあって、どこが写るのかわかりません。

スクエアのは、大きさが大丈夫ならいいと思います。
モニター付きの方を勧めます。
近くの物を撮らなければ、モニターなしでも良いのですが・・・