晩秋の多氣山は嵐の前の静けさだった

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詳しくは知らないけれど、おそらく、祈願寺は、今頃になるとお仕事はそんなに無いのだろうと思う。
受験の合格祈願があるかも知れないが、もちっと先だろう。

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それでも、ポツリポツリとお参りの人はいらっしゃる。
写真を撮っていたら、受付方面から「御朱印、お願いします」という声が聞こえてきた。
僅かな時間だったし、午後の2時前後だったが、4組ほどのお参りがあったようだ。

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滅罪の寺としては「友引」がお休みみたいなものだけど、祈願寺は「仏滅」なんだということを、この前知った。
祈願寺や神社も、そろそろ、正月の準備に入るのだろうか?

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さて、今年の初詣はどうなるのだろうか?
どうするのだろうか?

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祈願寺の写真の記事に、葬儀のことを書くのも申し訳ないが・・・

本日、葬儀と、通夜があった。

葬儀は、比較的大きなホールに、生花が沢山あげられていた。
喪主の方が、夫婦で会社を経営されているようで、通夜にも沢山の弔問があったと、副住職が言ってた。
それなのに、ホール内の参列は10名程度。
本来なら、多数の会葬者があつまる、大きな葬儀だったはずだ。

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通夜は、自宅だった。久し振りの自宅。

参列は4名と分かっていたから、ホールを使うと寂しい感じがする、というお施主さんの判断だったようだ。
昔のように部屋を大きく模様替えしての通夜でなく、最低限の移動にして、祭壇も簡単な物にしての通夜・葬儀。
遺体を置ける場所があってのことだけれど・・・
コロナ禍での小規模化せざるを得ない葬儀の行き着くところが、自宅葬への回帰か?・・・という感じ。

明るい人だったから、本当なら、沢山集まってもらって、賑やかに送りたかったんですけど・・・と、お施主さんは涙を流すが・・・
なかなか暖かい通夜だったと思う。
良いお別れになるんじゃなかろうか、と思う。

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大きなホールの葬儀の方は、後妻さんだった。
前の奥様はお子さんが小さいときに亡くなってしまい、後添えに入った。
故人はお子さんに恵まれなかったけれど、前妻のお子さんを育てられた。
そのことをご長女が「お別れの言葉」で涙ながらに「ありがとう」と語る。
お孫さんにとっても、良いおばあちゃんだったようで、お別れの言葉が暖かかった。
会葬者は少なくて、スカスカの会場だったが、良いお別れになったようだった。

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年を取ったときにどう思われるか?・・・というのが、大切なことなんだ、と実感する。
生きるということは、人とどう係わるか?・・・ということだ。
突き詰めれば「性格」ということにもなる。
もっと突き詰めれば「いいひと」ということになる。

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人間、死んだときに、どれだけの人が悲しんでくれるか?・・・ということですよ、ホント。

宗教など関係なく、絶体にあるあの世。死後の世界。
それは、生きてる人の心の中、記憶の中。
そこを極楽にするのは、努力すればできる。
努力しなくても、自然にできている人もいる。
それを地獄にしてしてしまうこともある。

下手すると、生きている時に地獄を作りまくってしまうこともある。
知らず知らずのウチにそうなっていることがある。

簡単に言ってしまえば「人に好かれる」ということ。
やはり、これを自然にできるのがイイ。
そうありたい。

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宇都宮の代表的な祈願寺、多氣山・持寶院。

年末年始を前に、紅葉の名残と、落ち葉が、静かに時を過ごしていた。

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ニコンZ 6+24-200mm。
良い写り。
μ4/3との違いは、画のメリハリという感じだろうか? まったく以て「感じ」なのだけれど。
おそらく、解像度はそんなに変わらないけれど、この点で解像度が高く見えるんだと思う。
それと、オリンパスの絵は、色の厚みが無い、というような感じがする。
フォトショップでコントラストを上げることが多い。
そうすると良い感じになる。

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