コロナ禍でどうなる?年末年始

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ここへ来て、コロナ禍第三波?
ものすごく時間がかかった感じがするが、ようやく、国も東京都も「Go Toトラベル」の停止を決めた。

「Go Toトラベル」も「Go To イート」も「第三波襲来と共に停止」というプログラクムが無い安直な策だったと思える。
だから、止めるのに時間がかかる。
どちらも、危険性が高いのに・・・
「ホントは危険もあるのだけれど、そこは考えないでいいですから、出かけて貰わないと経済が回らないし、そこはそれ、お得なようにしますから、ドンドン出かけてください。食べてください」と言っているようなもの。

同時に補償の問題があるから「ストップ」をかけるのに、東京も国も二の足を踏んでる。
言い出しっぺになりたくないだけで。

そんな状況だった。行政が一体何を見ているのか、ワカラナイ。

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さて、年末年始でございますよ。
いや、ホント、どうなるのでございましょう?
大きな神社仏閣が、でございますよ。
どうなるのでしょう?
おそらく、正月明けてスグのテレビは、その模様をお届けくださるのでせうね〜。

川崎大師は「お護摩札配送インターネット申込のご案内」というのをHPに出しました。
「お護摩札郵送・手紙申込のご案内 交通安全祈願・手紙申込のご案内」というのもあります。

「行かない方が良いかな?」と思ってる人に対しての便宜を図ると同時に、まあ迷ってる人や、行こうと思ってる人の何割かが「これでいいか」と思って参拝を控えていただければ有り難い、というようなものだろう。

成田山は、今のところ、特段変わった様子は無い。
いや、ホント、どうなるんだろ?

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みんなが大きな神社仏閣に初詣に行く、というのは、そもそも、京急が「京急に乗って川崎大師へ初詣」というキャンペーンをやったのが始まりといわれている。
東海道開通が切っ掛けだったという説もあるが、京急はそもそも参拝客のために作られた。
「大師電気鉄道」ですからね〜、始まりが。
京成、成田線もそう。

それまでは近くの菩提寺か、氏子になってる神社で良かった。
・・・というか、おそらく、初詣は「初縁日」だったんではないか?と、私は思ってる。
まあ、日々お参りをしたり、毎月の縁日にお参りをしたり、という習慣があったから、初詣に特段の思いは無かったのではないだろうか?・・・と、思う。

京成も京急も設立は明治30年。
いずれも、成田山と川崎大師への参拝者を客としてできた。
神社仏閣へのお参りのために電車を通した例は結構ある。
それだけ、参拝人が多かったということだ。

江戸と成田山とのつながりは、歌舞伎の市川宗家との関係もあり、歴代の市川團十郎さんが成田不動をテーマにした芝居を演じられ、成田山の方からも出開帳に来たり、という蜜月関係だった。詳しくは、成田山・新勝寺のHPをご覧あれ。
(ちなみに、市川家の個人的な葬儀は神葬祭)

同時に「講中」という、今で言うツアーを組んでの参拝が盛んだった。
旅ならば越境してもいいという江戸時代の決まりもあり、旅=参拝という感じでもあったのだろう。
それが鉄道と結びつくのは当然のことだったのだと思う。

やがて、都市部に人が集まり、核家族化が進むと、菩提寺・氏神神社という所から離れた家族が増える。
そういう人たちが「常に」ではなく「年に一度の特別なお参り」という気持ちで出かけるとうになった、ということも、戦後は増えたんだと思う。

コロナ禍では、原点に帰って「Go To 菩提寺」というのは、いかがですかな? (^_-)
いや、ちょっと困るか? 対応に。


写真は朝の幻日。
向かって左側にもちょっと出てる。
寒い朝だった。
冬も本格的になってきた。

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